第586話 戦闘艦トツカ譲渡の条件
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西暦二〇X二年八月三一日午前。
額に十字傷を刻まれた少年、出雲桃太は、鴉の濡れ羽が如き黒髪が美しい、赤いサマースーツを着た麗女、田楽おでんと会話していたところ、突然の閃光に目が眩んだ。
「あ、足下から光がっ」
「「うわああああああ」」
視界が正常に戻った時、彼らの前に広がっていたのは、先ほどまでいた遊戯用迷宮〝U・S・J〟の地下三〇階にある水中デッキではなく、いずことも知れない砂浜だった。
「潮風の匂いがする。ここは迷宮の外なのか?」
「桃太おにーさん。あっちに見える鉄橋はアテルイ橋。ここはウメダの里の近くにある地上サメ!?」
桃太が様変わりした眼前の光景に衝撃を受けていると、サメの着ぐるみをかぶった銀髪碧眼の少女、建速紗雨が驚きの声をあげた。
「さ、さっきまで迷宮の奥、海の底にある水族館に居たんですよ。ま、まさか瞬間移動するだなんて!?」
山吹色髪を三つ編みに結った小柄な少女、呉陸羽もまた青空を見て、桃太や紗雨と同様に度肝を抜かれ、わたわたと動揺していたものの……。
「リウ。瞬間移動だけなら地下一階で転がる岩に踏み潰された時や、スフィンクスのクイズに間違ってビームを受けた時に、経験があるだろう?」
彼女の叔父であるベテラン冒険者、呉栄彦が、赤い山椒魚のような虫が描かれた金属水筒から水を一口飲んだ後、即座に補足した。
「そ、そう言えばそうでした。って、おじさま、今、お酒を飲みませんでした?」
「見なさい、この通り透明だろう?」
「色だけじゃ、信用できません!」
呉家の叔父姪がいつものやり取りを始める横で……。
「言われてみれば、何度かふりだしに戻っていたね」
「そうだったサメエ。改めて、とんでもない迷宮なんだサメエ」
桃太と紗雨も過去に経験していたことに気づき、改めておでんが作った迷宮の凄まじさを認識した。
「桃太君、紗雨ちゃん。〝U・S・J〟は、子供やお年寄りも利用できる遊戯用迷宮だからね。お客さんがいつ何時、怪我をしたり体調が悪化したりしても大丈夫なように、即座に瞬間移動できるよう、大規模転移魔法陣を各フロアに準備しているの」
「「な、なるほど」」
桃太達を追って転移したらしく、水色のセーラー帽をかぶり水兵服を着た少女、佐倉みずちが木々の影からひょっこり顔を出す。
「カカカ。そう褒められるとこそばゆいわい。さて、紗雨ちゃんが見抜いたように、ここはウメダの里にほど近い無人島じゃ」
そして、実行者であるおでんが、緑の森のなから姿を現すと、彼女が背にした白い砂浜の向こう、碧い海がザァザァと轟音を立てながら割れた。
深海に停泊していた全長一〇〇メートル、幅一〇メートルの剣のような戦闘艦トツカが現れて、ウメダの里へとゆっくり飛んでいった。
「なんじゃこりゃー、また出雲がやらかしたのか!?」
「あー、うん、アレは出雲サンだ。他に考えられないっ!」
「ことわざに出てくる棒に当たる犬でもあるまいしっ。……ってカッコいいな、あのデカい剣!」
街の方角からは、重戦士隊の柱である林魚旋斧や、遊撃隊を指揮する関中利雄、術師隊のまとめ役である羅生正之ら、クラスメイト達のどよめく声が聞こえてくる。
「この戦闘艦トツカを譲渡するには条件がある。桃太君、紗雨ちゃん、最後の試練じゃ。わしとみずちに勝ってみせろ」
あとがき
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