第585話 おでんの二律背反
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「アテルイであれば、過去に〝高天原という異世界との交流で救われながら、地球を見捨てるのは道理にあわん〟と言うことじゃろう。クマ国、地球、異界迷宮カクリヨの〝三世界分離〟による平穏の維持ではなく、より根本的な解決を求めよ、とな。わしは、カムロの戦略もアテルイの願いも、叶えてやりたいのじゃ」
額に十字傷を刻まれた少年、出雲桃太は、迷宮の運営者である赤いサマースーツを着た麗女、田楽おでんの独白を聞いて、彼女が大切に想う過去の戦友アテルイと、今の喧嘩友達であるカムロとの狭間で板挟みになっていたのだと知った。
「おでんさん」
「お姉ちゃん、じゃ。桃太君、アテルイの死後、オモイカネやスサノオの妻達、いけすかないカワウソが完成させた遺産を其方に託そう。陸海空を飛ぶ戦闘艦トツカを使い、カムロよりも先に八岐大蛇を倒して、地球を変えろ。そうすれば、あの頑固者も考えを改めるかもしれん」
おでんは一息に告げた後に、鴉の濡れ羽がごとく美しい黒髪をかきあげて、ごほんと咳払いする。
「まあ柔軟で若々しいわしと違って、カムロは見た目通りの頑固オヤジだし、容易に考えを改めるはずもない。戦闘艦トツカは八岐大蛇退治の足だけにとどまらず、あのジジイをぶん殴るためのハリセン代わりに使うことになりそうじゃがな」
「……」
桃太は、師匠にであるカムロに効くのか効かないのか以前に、遊戯用迷宮〝U・S・J〟の地下三〇階にある水中デッキに停泊する全長一〇〇メートル、幅一〇メートルの戦闘艦トツカを見あげて、とんでもない規模のハリセンだなあと考えてしまった。
「大きすぎて持つのがたいへんサメエ」
桃太の傍らに立つパートナー、サメの着ぐるみをかぶる銀髪碧眼の少女、建速紗雨も同じような感慨を抱いたらしく、ヒレに似た袖を振り回しながらツッコミを入れた。
「でも、おでんオネーチャン、みずちさん、ありがとう」
「いいえ、アテルイの夢、戦闘艦トツカを受け取ってもらえるなら嬉しいわ」
紗雨が礼をすると、おでんは鷹揚に頷いたが、水色の短髪の上にセーラー帽をのせた紫色の瞳の少女、佐倉みずちは首を横に振り、まるで戦闘態勢でも取るかのように構えをとった。
「だから紗雨ちゃん、貴女が先祖達に負けないくらい強いのだと……、わたしやおでんさんを越えてゆくのだと、証明してね」
「それでは、最後の試練に相応しい舞台へ移ろうか。転移魔法陣発動!」
みずちが何やら恐ろしいことを告げた直後――。彼女の隣に立つ、おでんがパンと柏手をうち、桃太達の足元に無数の文字が刻まれた魔法陣が出現、目も眩むような光がその場にいる全員を包み込みこんだ。
「あ、足下から光がっ」
「「うわああああああ」」
あとがき
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