第57話 鬼を祓う鎮魂曲
57
「ミスター・カムロは、ダンスが苦手なんですか?」
「ふ、僕は幽霊だからね。ステップを踏む足が見えないんだ」
クマ国の代表カムロは、投降した呉栄彦を相手にジョークを語りながら、コウエン将軍に手渡された三味線を抱く。
黒い翼の生えた鳥人アカツキは演奏の準備が整うや、顔をひきつらせて絶叫した。
「いけません、カムロ様はやる気満々です。楽隊と演舞隊以外の一同は、耳栓をつけて伏せてください。これは最終勧告です」
「アカツキ、お前は僕の演奏を何だと思ってるんだ!?」
「は! まさかダンスが苦手なのではなく、音痴なのではっ」
「おいおい、勘弁してくれよ!」
栄彦も、同僚の東平孔偉も、クマ国軍の反応から、どんな演奏が始まるのかと震え上がった。
「あ、ああ、うつくしい」
されど、栄彦と彼の部下の半分は、カムロが弾く三味線の音色に聞き惚れて、目から赤と黒に染まった涙をこぼした。
二〇人の元冒険者を蝕んでいた〝鬼の力〟の結晶、〝赤い霧〟と〝黒い雪〟が剥がれて、黄金と白銀の炎に包まれて消えてゆく。
「なんだこの曲、胸が痛い。頭がグラグラする。ぐはあ」
しかし、孔偉ら生き残った団員の半分は、身体から同じように〝鬼の力〟を排出し、光の炎で浄化しつつも、地面に伏せてもんどりうった。
「心が洗われる演奏、さすがはカムロ様」
「こ、これはキツい。唯一の欠点じゃないか」
クマ国の兵士たちも、飛び上がって拍手喝采する者から、両手で耳を塞いで倒れる者からまでいて、カムロが奏でた鎮魂曲の評価は真っ二つに分かれた。
「うわっ。今日は意外に高評価が覆いっ。明日の天気は雨ですよ」
「アカツキにはわからぬのだ。この玄妙な調べ、素晴らしい」
「ふーっ、ひさびさに本気で弾けた。もう暴れる心配はないだろうから、治療部隊は捕虜の手当をはじめてくれ」
呉栄彦と東平孔偉は、部外者であればこそ真相に気がついた。
「ミスター・カムロの演奏は、ひょっとして祓う力が強すぎて、〝鬼の力〟の影響が強い者ほど、拒絶反応を起こしているのか?」
「そういや、おれはお前よりレベルが高かったか。もし栄彦の仮説が正しいなら、クマ国の住民も〝鬼の力〟を使っているってことになるんじゃないの。この件、生き延びて上に伝えれば出世できるかな?」
地球の生存者二人が、真面目に分析する一方で――。
「カムロ様って、地球のロックとやらを三味線で弾いているじゃないですか。ああいうのはいかがかと思いますよ」
「かー。この若僧は狭量よの。頭が固いわー」
クマ国の重鎮二人は、ガミガミといがみあっていた。
「栄彦くん、孔偉くん。あの二人を見ろ。大人げないだろう?」
カムロは、負傷した冒険者達の治療を手伝いながら、肩をすくめた。
「でも、勇者パーティ〝C・H・O (サイバー・ヒーロー・オーガニゼーション)〟を見るに、ああいう論争が成り立つのが、健康な社会じゃないか?」
「そうかもしれません」
「黒山を追うのですかい?」
カムロは、栄彦と孔偉の問いに首を横に振った。
彼は、地球の二人には先程のように告げたものの……。
カムロという存在そのものが、クマ国を守る為に召喚された幽霊ゆえ、この世界を離れることが叶わないという弱みを抱えていた。
そして、軍を統率する主力指揮官の二人がいがみ合っていては、遠征などできるはずもない。
「後詰めの用意しておくが、桃太君と紗雨、乂に任せるさ。あの子達には、いずれ僕を討てるくらいに強くなって貰わねばならないのだから」
「ミスター・カムロを討つ? そんな子供がいるんですか?」
「おいおい無茶なことを言っているなあ」
栄彦と孔偉は冗談とばかり思ったが、仮面に隠れたカムロの瞳は真剣だった。
「桃太君、僕の手助けはここまでだ。テロリストに堕ちた〝C・H・O〟との決着をつけたまえ。そして、いつかは僕を……」
あとがき
お読みいただきありがとうございました。
ブックマークや励ましのコメント、お星様、いいねボタンなど、お気軽にいただけると幸いです(⌒▽⌒)