第583話 遺産管理人、佐倉みずち
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「わたしのことは、佐倉みずちと呼んで。紗雨ちゃん、あなたの先祖のひとりがクマ国に馴染むよう、つけてくれたあだ名なのよ」
「みずちさんは、紗雨のご先祖のこと知っているサメ?」
サメの着ぐるみをかぶる銀髪碧眼の少女、建速紗雨が、背から伸びる作り物の尻尾をふりふり、握手に応じると……。
水色の短髪の上にセーラー帽をかぶり、水兵服を身につけた付喪神の少女、佐倉みずちは感極まったように、紫色の両瞳に涙をたたえた。
「紗雨ちゃんのご先祖には、何人か心当たりがあるけれど、その内の一人とは特に親しくしてもらったの。家庭的で抱擁力のある、素敵な人だったわ。貴女にそっくりよ」
「さ、紗雨は、そんなにご先祖様に似ているサメエ?」
紗雨は、一千年前のクマ国創世から生きる付喪神、田楽おでんとの会話で、自身の外見が先祖に似ていないと聞いていたため、半ば恐縮しつつも期待に満ちた瞳で尋ねたところ……。
「そうね、唇はもう少し薄かったかしら? 目ももう少しだけ柔らかかったし、胸とお尻はもっと大きかった。でも、ともかく雰囲気が似ているわっ!」
みずちは涙を拭いながら、慈愛に満ちた表情を浮かべて、言葉を濁した。
「サメエエエー、それって本当に似ているサメエエエ!?」
「まあまあ、紗雨ちゃん。一千年も前の先祖とそっくり、というのはさすがにロマンがすぎるよ」
「サメエ」
額に十字傷を刻まれた少年、出雲桃太は紗雨を抱き寄せて、だらりと落ちた作り物の尻尾をもちあげ、背中をぽんぽんと撫でた。
「うん、そういうところは彼女とスサノオにそっくりかも?」
「サメエエ♪」
「ちょっと、照れますね」
桃太と紗雨が仲良く微笑む様子を見てを見て、山吹色の髪を三つ編みに結った少女、呉陸羽は、一瞬だけ複雑な表情を浮かべたものの、それ以上に深海に繋ぎ止められた潜水艦に興味を惹かれているようだった。
「うちが使う〝蒸気鎧〟や、あにさ、黒騎士が使うバイクのエンジンを超えるプラズマエネルギー発生機関で動く、〝鬼の軍勢に殴り込むための空、陸、海を泳ぐ戦闘艦〟……」
陸羽は、みずちに向き直った。
「みずちさん、火龍アテルイさんは、最後の戦いに赴く時、どうしてこの船を持っていかなかったのですか? 一緒に戦ったら、死なずにすんだかもしれないのに」
彼女の疑問は、もっともだろう。
「そうね。陸羽ちゃんの言うとおりよ。
でも、この地方を治めていた善良な貴族が支援してくれてなお、開発資金は足りず……、
先進的な教授が知恵を貸してくれてなお、技術水準が足りず……、
なによりも戦争のせいで、建造する人手が全く足りなかったの……。
だから、八岐大蛇による一度目の侵略を迎撃した時には間に合わず、未完成だったのよ」
みずちは、悲しそうに船の影を見上げた。
「アテルイは、仲間を戦争で失ってなお、〝宝石の船〟と呼んでコツコツ組み上げていたのだけれど、自分の死を覚悟した時に、いつか大蛇と戦う者に譲ってくれって……わたしに預けたの。それから何年か後、八岐大蛇による二度目の侵略を受けた時、助っ人に来たスサノオと、彼の仲間だったカワウソの神が中心になって完成させて、戦闘艦トツカと名付けたわ」
あとがき
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