第582話 火龍アテルイの遺産
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「ようこそ異世界地球のお客人。あの船こそ、ウメダの迷宮に隠された記念碑。空、陸、海を自在に泳ぐ戦闘艦で、火龍アテルイが残した遺産よ」
「「「えええええっ!?」」」
額に十字傷を刻まれた少年、出雲桃太とその仲間達は遊戯用迷宮〝U・S・J〟の最下層、地下三〇階フロアに辿り着き――。
耐圧ガラスの向こう側、深海に繋ぎ止められた流線型の船の正体を教えられ、驚きの声をあげた。
「海だけじゃなくて、空や陸を泳ぐってどういうことサメエ!?」
サメの着ぐるみをかぶった銀髪の少女、建速紗雨が青い瞳をぐるんぐるん回しながら尋ねると……、あさっての方向から意外な回答が返ってきた。
「あら、紗雨ちゃんも大好きなサメ映画と一緒で、空や陸を海のように泳いで進むのよ。幅は一〇メートル、長さは一〇〇メートルもあるから、道路を走ることはできないけれど、尾のプロペラと格納された補助翼を使えば垂直離陸だって可能なのよ」
「な、なんでそんな多機能をつけちゃったんですか?」
山吹色の髪を三つ編みに結った少女、呉陸羽が目を丸くして問いかけると、これまたすぐに返答が戻ってくる。
「陸羽ちゃん、貴方の使う〝蒸気鎧〟にホバー移動機能が搭載されているのと同じ理由よ。悪鬼の軍勢に殴り込むには、どんな状況でも移動可能な汎用性が求められたの。といっても、一千年前にはクマ国で使用可能な蒸気エンジンが発明されていなかったから、艦内炉の特殊な触媒と、海水から採取した塩化ナトリウムを反応させて、電気に似た半霊的なプラズマエネルギーを生成しているのだけどね」
陸羽の叔父であるベテラン冒険者、呉栄彦も驚きで口元が硬直している。
「現代の地球やクマ国にも存在しない技術が、どうして一千年前に成立したんだ?」
「原型は、一千年前に滅んだ前世界で創られた船だからね。八岐大蛇の煽動の結果、世界大戦が起きたのよ。戦争は必ずしも新しい技術を生み出すことはないけれど、既存技術の発展を加速させるわ。現に、紛争の絶えない地球だと無人航空機を使った新しい戦術が試されているようだし、八大勇者パーティとの内戦が続いた日本も、〝蒸気鎧〟をはじめ様々な武器が作られているみたいよ。いずれは、こういった船も開発されるんじゃないかしら?」
「耳に痛い話だね。桃太君、どうやら博識なお嬢さんはあっちに居るようだよ」
桃太が栄彦声をかけられた方向に振り返ると、ショートに整えた水色という珍しい色の髪の上に、セーラー帽をかぶり水兵服を身につけた少女が、剣に似た潜水艦のデッキの陰で静かにたたずんでいた。
「貴方はいったい? 迷宮のスタッフさんですか?」
桃太が少女に問いかけると、彼女が答える前に、遊戯用迷宮〝U・S・J〟の運営者である、赤いサマースーツを着た黒髪の麗女、田楽おでんが少女の前へ進み出た。
「紹介しよう。この娘はわしと同じ付喪神で、一〇〇〇年前にアテルイからあの船を預かった管理人、ガンバンテインという。でも、別の呼び方の方がいいじゃろう」
「ええ。そうね」
おでんの言葉に、水色髪の短髪少女は、紫色の瞳を手で押さえながらこくんと頷き、おでんを抜かして紗雨の元まで辿り着き、彼女の手をとった。
「わたしのことは、佐倉みずちと呼んで。紗雨ちゃん、あなたの先祖のひとりがクマ国に馴染むよう、つけてくれたあだ名なのよ」
あとがき
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