第580話 交渉決裂か、それとも?
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「桃太君、お姉ちゃん、じゃ。わしの知るカムロという男は、地球を攻撃したいわけではないし、身勝手に世界環境を作り変えるつもりもないよ。ただ地球とカクリヨとクマ国、三つの世界をそもそもの〝あるべき〟世界に戻すだけじゃ」
額に十字傷を刻まれた少年、出雲桃太は、鴉の濡れ羽がごとき黒髪が美しいウメダの里の実力者、田楽おでんに諭されるも、胸の中でうずまく激情を抑えられなかった。
「それはそうですがっ。〝あるべき〟世界とやらに戻したら、その後に起きる犠牲は無視ですかっ!」
桃太のだって師匠であり、異世界クマ国の代表でもあるカムロの選択は、理屈の上では正しいとわかっている。その上で感情として受け入れられないのだ。
「桃太君が故郷を愛する気持ちは、お姉ちゃんにもよくわかる。
じゃが、おそらくは八岐大蛇が手を貸したにせよ……。
身の丈にあわない兵器実験で、クマ国と地球、カクリヨという、三つの世界を繋げたのも……。
他の世界がなければ成立しない、歪な社会構造をつくりあげてしまったのも……
地球側の自業自得じゃろう?」
桃太はおでんに指摘されて、今まで打ち倒してきた八大勇者パーティの身勝手な行動をかえりみた。
(私欲のために、同胞の命を生贄に捧げた黒山犬斗。
虚栄のために、日本国中に電気災害を引き起こした四鳴啓介さん。
亡き英雄への劣等感から、異世界クマ国まで巻き込むクーデター騒動を引き起こした七罪業夢さん。
誰も彼もが都合の良い未来だけを願って、破滅に向かって走った。そんな悪鬼が跋扈する世界との繋がりは断つべきだと言われれば、返す言葉もない)
桃太は深呼吸すると、おでんに向かって頭をさげた。
「すみません。本当は、俺たちの世界のことは、俺たちがケリをつけるものでした」
同じ地球日本に住む桃太たちですら、堕落してテロリストとなった元八大勇者パーティの悪行に怒りを覚えるのだ。
一方的に巻き込まれる側のクマ国人ならば、揉め事を持ち込むなと追い出されても文句は言えまい。
(今の俺には、おでんさんやカムロさんを納得させるだけの手札がない)
先に対処するべきは、変えるべきなのは、異世界クマ国ではなく、地球の方なのだろう。
三世界融合のメリットを示すことができなければ、今の関係はいずれ破綻する。
「すまぬな、桃太君。クマ国の住民は、先代文明や地球人とは、肉体も精神構造も異なるが、一千年に亘る平和を維持してきたのは、代々の連中が頑張ったからじゃ。創世神カミムスビが見守ってきた子らの努力に報いるためにも、わしはキミの願いを叶えられない」
「いいえ、おでんお姉さん。〝地球と異世界クマ国、異界迷宮カクリヨの三世界を分離する方法〟を教えてくださってありがとうございました。俺は俺なりのやり方で師匠と向き合おうと思います」
桃太は、カムロから薫陶を受けた弟子として、おでんの祈りを、願いを、尊重したかった。だが、彼にもまた、諦められない理由がある。
(もしも黒騎士の正体がリッキーなら、カムロさんと対立するクマ国の反政府団体〝前進同盟〟と、俺たち冒険者パーティ〝W・A〟の落とし所も変わってくる。
おでんさんが事情を明かしてくれたおかげで、絶望的状況を覆す蜘蛛の糸が見えた。……地球にはびこる〝鬼の力〟に対抗するためにも、クマ国に示すメリットを見出すためにも、オウモさん達の力が必要だ。彼らと協力し、カムロさんを止める!)
桃太が頬をガチガチにこわばらせていることに気づいたか、おでんは柔らかい視線で微笑みかけた。
「うむ。話はこれでおしまい。と言いたいのじゃが、わしではなく別の者……、火龍アテルイから遺産を預かった者が、桃太君達に用があるそうじゃ。共に記念碑へ向かおうか」
あとがき
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