第579話 田楽おでんが守りたいもの
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「わしとアテルイは二千年前、争いと断絶で滅びゆく世界を救うべく立ち上がり、我々の主人を盛り立てて新たな神にしようと戦った。平和で、苦しみのない、誰もが幸せになれる理想郷を目指してな。されど武運つたなく敗北し、誉も何もかもを奪われて咎人に落とされた」
額に十字傷を刻まれた少年、出雲桃太は、鴉の濡れ羽がごとき黒髪が美しい付喪神、田楽おでんのハリのない台詞に思わず反発した。
「だから、諦めたんですかっ。クマ国で一番強い師匠……カムロさんと競り合うくらいの力を持ちながら、どうして?」
「では逆に尋ねるが、力があったら戦わなければならないのか? 主人を、仲間を失い、夢も理想もないのに戦い続けろと? その方が理不尽じゃろうが?」
「そ、それはそう、ですが……」
桃太はおでんの反応に困惑した。
(だって、今でも見惚れるくらいに強いじゃないか。ウメダのすごいジャングルだなんて、本当に凄いアトラクションを運営しているじゃないか。俺がリッキーの仇を討とうとカムロさんに師事したように、敗北から再起する力を求めているんじゃないのか?)
桃太は過去の自分のように、おでんがなにかしらの目的や野心を抱えているものと推測し、そこに交渉の活路を見出していたのだ。
「奢れるものは久しからず、栄華はいつの日か終わる。地球において、フランスの王制がギロチンの露となり、日本で武士の世が終わりを迎えたように、私やアテルイが事を起こさずとも、我々の主人に冤罪を押し付けた奴らの痕跡は消え去ったよ」
「そうか、貴女はっ」
しかしてこの瞬間、桃太は、己がおでんの心情を決定的に勘違いしていたことを思い知った。
「前々世界も前世界も朽ち果てたが、カミムスビは平和な国を興してくれた。あの子の治世、今のクマ国こそは、わしや主君やアテルイが過去に夢見た世界に他ならない。地球や異界迷宮カクリヨの繋がりを断つ〝三世界分離〟という荒療治が必要であっても、その安定した世界を守りたいと思うのは罪か?」
桃太も、彼が率いる冒険者パーティ〝W・A〟の仲間達も、ウメダの里の実力者たるおでんが、カムロと対立する立場にあると想定していたが、……事実はむしろ逆だ。
おでんこそはカムロ最大の理解者であり、ウメダの里という経済圏を創りあげ、クマ国代表である彼の治世を支える最大のサポーターだった。
「おでんさんっ。それでも貴方は一度、平和で苦しみのない世界を目指したんでしょう? それで良いのですか?」
桃太はショックのあまり大声で叫んだものの、おでんは諌めるように手のひらを立て、首を横に振った。
「桃太君、お姉ちゃん、じゃ。わしの知るカムロという男は、地球を攻撃したいわけではないし、身勝手に世界環境を作り変えるつもりもないよ。ただ地球とカクリヨとクマ国、三つの世界をそもそもの〝あるべき〟世界に戻すだけじゃ」
あとがき
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