第575話 三世界分離計画の手段
575
西暦二〇X二年八月三一日午前。
額に十字傷を刻まれた少年、出雲桃太は、遊戯用迷宮〝U・S・J〟を、遂に最下層の地下三〇階まで踏破した。
彼は約束されていた賞品として、「師匠であるカムロが進める、〝地球と異世界クマ国、異界迷宮カクリヨの三世界分離計画〟の阻止に協力して欲しい」と、迷宮管理者の田楽おでんに願おうとするが……。
「アテルイ。二千年前、我らが主君を万能神にしようとした試みに、お前がなぜあれほど反対したのかわかった。ただの賞品を与えるわしですら思うようにならん。全ての願いを叶える万能神など作るべきではない。いや、そもそも作れるはずもなかったのだ……」
鴉の濡れ羽がごとき黒髪が美しい麗女は、しめ縄を使って構築した防音結界の中で泣くように背を震わせていた。
「おでんさん、顔色が悪いようですが、大丈夫ですか?」
桃太はおでんの不調に勘付き、結界の中へとすぐさま踏み入って心配そうに声をかけた。
「わしも年じゃからのお。……って何を言わせるんじゃ。お姉ちゃんと呼びなさい。さて桃太君、願いは何かな?」
桃太はおでんの前に立つと、クマ国に入って以来、最大の分水嶺にたどり着いたのだと実感し、深呼吸する。
「おでんお姉さん。カムロさんは地球と異世界クマ国、異界迷宮カクリヨという三世界をバラバラにしようとしています」
「ああ、知っているよ。どうやら地球からの客人は、其方ら冒険者パーティ〝W・A〟が最初で最後になるようだ。だからこそ、クマ国のことをより深く憶えておいてもらおうと、クイズ問題を用意したのじゃ」
桃太はおでんの迷宮への愛着に、交渉を成立させるための、かすかな勝算を見出していた。
「おでんさん、聞いてください。
俺の願いは、師匠が三つの世界を分離するのを阻止することです。
〝U・S・J〟を訪ねてみたいって人は地球にも多くいるはずです。どうか力を貸してください」
桃太が願いを告げると、おでんは手のひらで黒い両の瞳を押さえた。
が、一瞬、〝鬼の力〟を意味する赤い光を帯びたように見えたのは、勘違いだろうか?
「桃太君。お前はカムロがどうやって三世界を分離するか知っているか?」
「わかりません」
「わしは、おおよそ理解している」
「え、本当ですか!? 教えてください」
おでんの言葉は、桃太にとって青天の霹靂だった。
まるで雲を掴むように、正体不明だった三世界分離の方法。その手がかりをやっと得たのだ。
「わかった。先日、クマ国の空を駆け抜けた光。創世神カミムスビは、お前達の元へ向かっていた。彼女とはもう会ったな?」
「はい」
桃太が素直に答えると、おでんも頷いた。
「カムロはおそらく、かつてカミムスビがクマ国を救った手段と同じことをやろうとしている。なんらかの方法で彼女の後継神となり、〝地球、クマ国、カクリヨはそれぞれバラバラの世界である〟という新たなルールを敷いて、世界構造を変化させようとしているのじゃ」
あとがき
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