第572話 スサノオと奥方達
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「紗雨ちゃん。スサノオにはクシナダヒメ、オオイチヒメ、アラハバキ、ミカハヤヒという四人の妻がいた。
ヒルコについてはよくわからんが、わしが遠目から見た限りではデキていたから、五人目の妻だったんじゃろうよ。
そしてスサノオ夫妻こそ、紗雨ちゃんのご先祖なのじゃ」
サメの着ぐるみをかぶった銀髪碧眼の少女、建速紗雨は、クマ国創世より一千年を生きる付喪神たる麗女、田楽おでんから驚くべき真実を聞いて目を見張り、悲鳴じみた叫びをあげた。
「よりにもよって、そうだったんだサメエエエっ」
紗雨は、スサノオの女癖の悪さについてずっと批判を続けてきたのだ。
クイズレースの考案者だけでなく、彼までが先祖だと聞いて大混乱に陥った。
「ど、どどとどの、奥さんが紗雨のご先祖なんだサメエ!?」
「そりゃ全員じゃよ」
「ぜんいんさ、め?」
おでんは、わずかに乱れた鴉の濡れ羽がごとき美しい黒髪を手ぐしで整えながら、ぽかんと口を開けた紗雨に改めて伝えた。
「紗雨ちゃん、初代クイズレースを企画した者も、設営した者も、裏方を勤めた者も、実際に走った者も、みーんな紗雨ちゃんのご先祖だと言っただろう? 一千年も経っているんだから血も混じる。スサノオが娶った五人の嫁は全員、紗雨ちゃんのご先祖で間違いない」
紗雨はそりゃそうかと納得しつつも、毒を喰らわば皿までと踏み込んでみることにした。
「じ、じゃあ、紗雨に一番似ているスサノオの奥さんは誰だったんだサメエ?」
「うーん。外見は、あまり似ておらんな。じゃが内面を見るに嫉妬深い……いや、独占欲が強いところはクシナダヒメに、根が穏やかで強靭なところはオオイチヒメに、社交的で明朗なところはアラハバキに、戦場では機転がきくのに日常だと不器用なところはミカハヤヒに似ているのお」
おでんは懐かしむように、スサノオの奥方一人一人の印象と、紗雨の合致点を教えてくれた。
(嫉妬深い、が一番先に来るのはどうなんだサメエ)
紗雨はこのとき内心では頭を抱えていたものの、続くおでんの言葉で上機嫌になった。
「そうじゃそうじゃ。ヒルコは、紗雨ちゃんと同じサメ好きだったはずじゃぞ。アイツは手芸が得意でな。サメを模した絵とか彫像とか、衣装とかも作っておった。わしもいただいた服を保存しているが見てみるかの?」
「いやったぁ。もちろん見てみたいサメーっ」
紗雨が破顔して喜ぶと、おでんは空中に梵字のような文字を綴って、異空間から二着のサメを模した衣装を取り出した。
「よしよし。これは、カミムスビを屋敷から出そうと仮装コンサートを試みた際に預かった衣装じゃ。友人の分と合わせて二着があるが、どちらもよくできておるじゃろう」
「わーっ、これは立派なサメ……サメ?」
紗雨は仮装衣装を手に取って、愛情をたっぷりこめた丁寧な裁縫に感嘆したものの、だからこそ気づいてしまう。
地球で言うところのキュビズム的なアプローチか、幾何学的に分解して再構成したためサメに見えるが、抽象的ながらも各所が決定的に違うのだ。
(こ、この二着の衣装はサメに似ているけど、サメじゃない。多分イルカとクジラがモデルの衣装なんだ。ひょっとして、ヒルコさんはサメが好きなんじゃなくて、作った手芸品がサメっぽく見えちゃう人だったんじゃないかサメエ)
もし先祖の一人であるヒルコがこの場に居れば、一千年を経てようやく子孫に理解者が生まれたと感激したかもしれない。
紗雨は願い通りに、自らのルーツについて詳しく知ることができた。ただし、受け入れられるかどうかは別問題である。
「ううう。ご先祖様といえ、やっぱりよくないと思うサメエ。カムロジイチャンってば、重婚をしていたことを明かしたくなくて、紗雨に教えなかったサメ?」
あとがき
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