第570話 呉陸羽の決意
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「お兄様は、呉陸喜は、本当に蘇生して、生きているのですか?」
「そうだ」
山吹色の髪を三つ編みに結った少女、呉陸羽は、鴉の濡れ羽がごとき黒髪が美しい、真っ赤なサマースーツを着た麗女、田楽おでんから思いもよらぬ解答を得て、ポロポロと涙を流した。
「あ、でも、復活したお兄様が元のお兄様のままとは限らないのか。フランケンシュタインの怪物とか、猿の手の蘇生とか、中身が変わってしまった逸話は世界中にありますし……」
陸羽が不安そうにつぶやくも、おでんは彼女の肩にかけた手を震える背中まで伸ばしてさすりながら、不安を払うべく断言した。
「こればかりは信じてもらう他はないが、クマ国という世界の法則に基づく死者蘇生については、瀕死からの快復とそう変わらない。
一度生命活動が停止した以上、肉体的な障害が残る可能性は高いし、生命維持装置をつけてのリハビリが年単位で必要な場合が大半だが、別の悪霊が精神をのっとるような可能性は……八岐大蛇級の怪物が干渉でもしない限りあり得ない。
ゆえに、其方の兄が家族の元に戻らず、姿を隠している理由はわしにもわからんが、今どこにいるかは把握している。良ければ居場所も教えよう」
「いいえ、おでんお姉さん。もういいです」
陸羽は涙をハンカチでふいて、おでんに微笑んだ。
「お兄様が、生きていることがわかったなら充分です」
陸羽は、確信していた。
桃太と共に、蛇髪鬼ゴルゴーンに囚われた自分を助けにきてくれた黒騎士。彼こそは、自身の兄、呉陸喜に他ならないと。
「おでんお姉さん。死者蘇生が可能だというクマ国の世界法則は、秘密にしておいた方がいいですよね?」
「うむ。そもそも成功率が低いのだが、悪用すれば死者を延々と蘇らせて鉄砲玉にする地獄絵図が成立しかねんからな。地球日本のテロリスト団体〝K・A・N〟首魁、七罪業夢は、危ういところまで手を伸ばしていた」
おでんの忠告を聞いて、陸羽は桃太達、冒険者パーティ〝W・A〟が捕まえた悪漢の危うさに、お腹から息を吐いた。
ひょっとしたら、既に悪用されているのでは、という不安を肩で息を吸って飲み込む。
陸羽を助けてくれた黒騎士の場合、気配も体捌きも、彼女がよく知る兄そっくりだったし、……何よりも、わざわざ姿をくらませて桃太と敵対するグループ〝前進同盟〟に入ったあたり、彼女の知る呉陸喜以外の何者でもなかったからだ。
「わかりました。今はまだ桃太お兄様にも内緒にしておきます。あのバカ兄様、いえ悪戯っ子のお尻をひっぱたいて連れ戻した時に、誤魔化しまきれない場合は明かしても構いませんか?」
「ああ、その時は判断を任せるよ。
陸羽ちゃん、其方の心意気には感動した。屋台でうっかり聞いてしまったが、栄彦の家を出て独り立ちしたいと言っていたな。ささやかだが、地球日本で税金がかからない程度に支援しよう」
「ありがとうございます!」
陸羽が涙を流しながらも喜ぶ姿を見て、おでんは彼女を抱きしめたまま、ほうと息を吐いた。
「試練を越えたものに対してでさえ、叶えるべきではない願いもある、か。難しいことだ……」
あとがき
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