第568話 栄彦の願い
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「さて、ここから先は……ほとんど障害もない。消音の結界をはるから、記念碑に行く前に願いを教えてほしい。わしにも叶えられない願いがあるゆえに、な」
西暦二〇X二年八月三一日午前。
額に十字傷を刻まれた少年、出雲桃太と三人の仲間達は艱難辛苦を乗り越え、異世界クマ国ウメダの里にある遊戯用迷宮〝U・S・J〟の最下層、地下三〇階に到達。
迷宮運営者である鴉の濡れ羽がごとき黒髪が美しい赤いサマースーツを着た麗女、田楽おでんが約束した「可能な限りの願いを叶える」という賞品を得られることになった。
「たった今、ここに結んだしめ縄を境界線に、わしの周囲半径三メートル以内からは、外に音が漏れることがない。一人ずつ願いを言って欲しい。まずは年長の栄彦君からだ」
ベテラン冒険者の呉栄彦は、まるで夜空にきらめく星のように深海魚が泳ぐ耐圧ガラスを背負い、スキップを踏みながら、おでんの前へと進み出た。
「おでんお姉さん。私はヨシノの里の銘酒、僧坊大吟醸が飲みたいんだ。溺れるくらいの量をもらえるかい?」
「栄彦君、願いはそれで良いのかい。お主が望むのなら、お姉ちゃんが冒険者パーティ〝G・O〟を再興するための資金を用意しても構わんぞ」
栄彦はおでんの申し出に対し、困ったように口角をあげた。
彼が所属していた冒険者パーティ〝G・O〟は、かつて八大勇者パーティに匹敵する巨大パーティだった。
だが、伝説的な冒険者である呉陸尊と、呉陸項が亡くなった後は、スポンサーであった呉孫皓が鬼化するなどのトラブルに見舞われて解散。以後、呉家の一族はパーティ再興を夢見てきたのだ。
「……おでんお姉さん。御厚意は嬉しいが、私は冒険者パーティ〝W・A〟の一員だ。桃太君や焔学園二年一組の皆と共に、冒険したいと思っている」
「それは、〝C・H・O・〟や、〝SAINTS〟、〝K・A・N〟といった八大勇者パーティの腐敗を見たからかい?」
おでんの問いに、栄彦は頷いた。
「おでんお姉さんの言う通りさ。今の地球は〝鬼の力〟の強さがものを言う極めて危険な状況にある。だから、必ずしも巨大なパーティに所属することが、充実した人生に繋がるとは限らないし、身勝手な指導者に自分の運命を左右されるのは真っ平ごめんだ。比較するに、たとえ小さくとも自分が〝推す〟代表と冒険するのは痛快極まりない」
栄彦は、これじゃあまるで告白じゃないかとこぼし、照れたように咳払いした。
「それと、異世界で得た報酬は、地球日本で査定される。下手に大金を手に入れて、冗談みたいな税金を踏んだくられても怖いからね」
「なるほど、もっともだ。税金なんて払わずに済むならその方がいい。ヨシノの酒造宛に紹介状を書こう。クマ国の中で好きなだけ呑むといい」
冒険者が審査を受けるのは、異世界から〝持ち帰ったもの〟だけだ。
裏を返せば、現地でどれだけ酒を飲もうとも、収入としては計算されない。
「いやったあああ。お酒、ごちになります!」
「そうか。叶える願いは、単純に大きければ大きいほど良いというものではないか。お姉さんも学ばされたよ。栄彦君、次は君の姪を呼んでくれ」
あとがき
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