第557話 水意拳、人呼んで酔拳
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「見覚えがあると思ったら、栄彦さんの戦い方はリッキーが得意としていたナイフ格闘と同じだ。最初から鬼術との連携を視野に入れた格闘術なのか!」
額に十字傷を刻まれた少年、出雲桃太は遊戯用迷宮〝U・S・J〟の地下二九階。氷に覆われたフロアで、全長三メートルに達するシロクマ人形と格闘戦を行うベテラン冒険者、呉栄彦を見て、感嘆の声をあげた。
「はい、おじさまが今使っているのは、水意拳。水のように変幻自在の連続攻撃を続けることを目的に、冒険者パーティ〝G・O〟が半世紀前に大陸から流れ着いた拳法家達より学び、異界迷宮探索のなかで工夫した独自武術です」
「SNOWSNOW( へえ、そんなのがあるんだ)」
「リウちゃんと紗雨ちゃんには近づけさせないぞ。さらに三体撃破。残りは五体だっ」
桃太がシロクマ人形の部下である雪だるま人形と戦う間。
栄彦の姪である、山吹色の髪を三つ編みに結った少女、呉陸羽は、停止した蒸気鎧のエンジンを再起動させるために修理しつつ、ときおり叔父に複雑な視線を送っていた。
「鬼術を併用することで、戦士系の〝役名〟に留まらず、〝黒鬼術師〟や〝白鬼術師〟も使えることから、陸喜お兄様も学んでいました。まあ、よそのパーティからは酔っ払いの拳、酔拳なんて揶揄されていましたが……」
「ええっ、地球には酔っ払って戦う格闘技があるんだサメエ?」
陸羽の腕に抱かれた、銀色のサメに変身した異世界クマ国の少女、建速紗雨が驚きのあまり冬眠から目覚めて問いかけるも、彼女はゆっくりと首を横に振った。
「いいえ、水意拳は真面目な格闘術です。モンスターを幻惑するために緩急を意識し、ダンジョンの立地でも戦えるよう、寝転がった戦闘法をも取り入れました。酔拳とは、酔っ払ったような動きに見えるからついた、渾名のはずだったんです」
陸羽は、白い湯気と共に重い息を吐いた。
「でも、見てのとおりです。おじさまや一部のベテランは、本当に酔っ払いながら戦っています」
「さ、サメエ」
陸羽の表情があまりに悲痛だったから、紗雨も困ったように首を傾げるばかりだ。
「水意拳が流行した余波で、冒険者パーティ〝G・O〟はアルコールハラスメントが横行し、悪評が響き渡りました。
特にスポンサーだった呉孫皓は、酒の席で無理やり自分を褒めさせて気に入らなければ私刑にかけ、体調を崩す者がいれば根性が足りんと吊し上げるなど、酒乱な暴君でした。
最後には自ら鬼に堕ちて討伐されるという最悪の末路を辿り、パーティは解散に追い込まれましたが、崩壊の片鱗はその前から見えていたんです」
「ほら、リウちゃん。む、昔は、今と常識が違ったから。そういう時代があって、今のお酒を飲む際のモラルが確立されたんだからさ」
「「SNOWSNOW( お酒は美味しく飲まないとね)」」
桃太は親戚のアルコールハラスメントに憤慨する陸羽をなだめつつ、なぜか神妙に頷く雪だるま人形五体と拳を交える。
(リッキーが冒険者パーティ〝G・O〟の末期をぼかしていたのは、こういった理由だったのかあ)
あとがき
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