第555話 呉栄彦と〝修道鬼(モンク)〟
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「さあ飲酒解禁だ、そろそろ本気を出すとしよう。舞台登場 役名宣言――〝修道鬼〟!」
ベテラン冒険者の呉栄彦は自らの役名を高らかに名乗ると、ローブを半ば脱ぎ散らし、鍛え上げられた肉体もあらわにする。
そうして、遊戯用迷宮〝U・S・J〟の地下二九階をおおう氷の大地で、全長三メートルはあろうシロクマ人形と戦い始めた。
「ええーっ、水筒の中に入っていたのは水でしたよね? 朝、リウちゃんが確認していましたし!」
「桃太君、〝鬼神具・酒虫水瓶〟は物知りなだけじゃなく、能力も最高なんだ。いつでも瓶の中の水を、酒へ作り変えることができるのだから!」
「うわ、とんでもない能力だ。隠れて飲酒し放題じゃないか」
桃太がツッコミを入れたのももっともで、シロクマ人形も被せるように吠えた。
「GUUUU( 戦場で飲酒とは、仮にも僧侶の役名を名乗る者がやることか)!?」
「ワイン、ジン、ビールに日本酒。洋の東西を問わず、古代の大寺院は酒造りの拠点でね。修道僧や僧兵は、酒造りの専門家でもあったのさ!」
栄彦は酒に関するうんちくを一方的にペラペラと語りつつ、山のようにどっかり腰をおとして、お猪口を持つような独特の構えをとった。
「桃太君、紗雨ちゃんとリウを頼む。酒で体も温まってきたし、このシロクマは私が受け持つよ」
「わかりました。取り巻きの雪だるまは、俺達がなんとかします」
「「SNOWSNOW( ちいっ。その凍りついた足でどうするつもりだクソガキ)」」
雪だるま人形達がなにやら不穏な声をあげたものの、桃太は印を切って靴の周囲に衝撃波をまとわせることで、靴にまとわりついた氷を粉砕。
衝撃波を足場代わりに使い、陸羽や黒騎士が用いる蒸気鎧のホバー走行機能を模倣して、わずかに空中浮遊しながら氷原の上を走り始めた。
「こうすれば、なんとか戦える。リウちゃん、紗雨ちゃんをお願い」
「はうっ、わかりました。紗雨ちゃんを守りながら、蒸気鎧の修復を進めます」
「「「SNOWSNOW( わ、我々の槍があたらないだとお?)」」
桃太が取り巻きの雪だるまの槍をかいくぐりながら交戦する様子を見て、シロクマ人形は改めて栄彦に意識を集中させる。
「GUUUUU( ほう、二足歩行の人間がこの足場で戦えるのか。お前はどうだ)!?」
「おおかた挑発しているのだろうが、立って戦えないのなら、寝て戦えばいいのさ」
栄彦は、酔っぱらいのようなことを呟きながら、時に氷上に身を伏せ、時にダイナミックに転がりながら、手足をムチのようにしならせて、シロクマ人形の目鼻を打った。
「GAAAAAA( そんなものではっ)!?」
「そう吠えるなよ。こんなこともあろうかと重ねたクンフーだ。まだまだ捨てたものじゃないはずだぜ?」
双方の見た目だけならば、攻撃力と防御力の差は歴然だ。
栄彦はすべる足場を軽快に跳ねて、突き、刈り、殴り、と連続攻撃を浴びせかけるも、シロクマ人形の圧倒的な体格差と分厚い毛皮に阻まれて、ほとんどダメージを与えられていない。
「GAUUUUU( バカなことをする。そんなへなちょこパンチが通じるものか。なにいっ)!?」
しかしながら、シロクマ人形は爪の生えた手で殴り返そうとしたところ、まるで酔っ払ったかのように下半身が崩れた。
「モンスターとのフィジカル差は術で補う。人形ゆえにどこまで生態を模しているか知らないが、粘膜から呪いをこめたアルコールを摂取するのはキツイだろ!」
あとがき
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