第546話 紗雨頑張る
546
「栄彦さん。変わった戦い方だけど、お強いですね」
西暦二〇X二年八月三〇日午前。
額に十字傷を刻まれた少年、出雲桃太は、ベテラン冒険者の呉栄彦が、酔っ払いの千鳥足めいた独特の歩法で動きながら、ゴブリン人形二〇体を撃退する光景を見て、興味津々とばかりに身を乗り出した。
「ああ、桃太君。私が昔いた冒険者パーティ〝G・O〟は、術師も格闘技を取得するのが伝統でね。オジサンもそこそこやれるのさ。ただ、その伝統流派はどうにも陸羽や陸喜に不評なんだ」
「当たり前です。肝臓を壊したり、短気になったり、身体にも心にもよくないです」
栄彦は自信満々のようだが、彼の姪である山吹色の髪を三つ編みに結った小柄な少女、呉陸羽はまるで子犬が警戒するような目で叔父をにらみつけ、頬を膨らませている。
「え、リウちゃん。格闘術なのに身体や心に悪いとか、よっぽど特殊な訓練をするのかい?」
「桃太お兄様、聞いてください。おじさまったら、格闘術の訓練だって言いながら、お酒ばっかり飲むんですよ!」
この鍛錬法ばかりは、桃太にも理解できなかった。
「え、お酒?」
「桃太君、誤解しないで欲しい。特殊な訓練法なんだよ」
「違います。おじさま達が勝手に言っているだけじゃないですか」
桃太、陸羽、栄彦の三人が格闘術について言い合っている間――。
「風の流れがおかしいサメエ。きっと隠し扉があるサメエ」
一人残されたサメの着ぐるみをかぶった銀髪碧眼の少女、建速紗雨は熱心に調査を続け、異常を見つけたようだ。
彼女がコンコンと石壁を叩くと、迷宮運営者の田楽おでんが刻んだのであろう梵字めいた象形文字が光を発して、壁がボロボロと崩れ扉を再構成し、隠されていた通路が姿を現したではないか?
「おおーっ。目ざといね、紗雨ちゃん!」
「変わった文字を使っているせいか、鬼術の気配はなかったのに、見つけられるものなんだねえ」
「びっくりした。ねえねえ、紗雨ちゃんなんでわかったの?」
桃太が紗雨の頭をなで、栄彦がポンポンと背中をさすり、陸羽が着ぐるみの横から飛びついたが、紗雨はおかんむりだった。
「サメはあ、映画で仲間を置き去りにしてえ、盛り上がる陽キャ達をパックリ食べるために、鼻が利くんだサメエ」
「「ごめんなさい」」
桃太達三人が、青い瞳をギラギラと輝かせる紗雨へ即座に謝罪したのは言うまでもない。
「きっとこの水たまりのなかにスイッチが隠れているサメ。サメに変身して押してくるサメエ」
紗雨はその後も水中にあるギミックを解除したり……。
「石畳の下に空洞があるサメエ」
地中に隠されていた通路を見つけだすなど、八面六臂の大活躍だった。
「クマ国らしい、変身術が活かせるフロアなのか」
「これはうちじゃ、厳しいです」
「紗雨ちゃんのおかげで助かったよ」
「もっと紗雨を褒めるサメ、撫でるサメエ」
かくして桃太は、紗雨の奮戦もあって、無数の仕掛け扉が設置された遊戯用迷宮〝U・S・J〟地下二七階をなんとか走破し……。
太陽が中天に上る頃には、ようやく地下二八階への扉を閉ざす、スフィンクス人形の元までたどり着くことができた。
『一千年前の八岐大蛇との戦いにおいて、最も多くの竜を討った神を描いた壁画の写しを、以下の百枚から〝すべて〟選びなさい』
「「ぎゃあ、遂に正解枚数までわからなくなった!?」」