第545話 地下二七階、道なき迷路
545
西暦二〇X二年八月三〇日早朝。
額に十字傷を刻まれた少年、出雲桃太は日の出と共に、遊戯用迷宮〝U・S・J〟の地下地下二七階の探索を始めた。
迷宮運営者である田楽おでんが「可能な限りの願いを叶えてくれる」という賞品を得る為には、あと二日で地下三〇階にあるという、迷宮最奥の記念碑まで辿り着かねばならない。
桃太のチームは五日間で二六階を踏破しており、二日で四階分ならば余裕と見込んでいた。……が、残念ながら見通しが甘かったと思い知った。
「東は駄目みたい」
桃太は意気込んで探索を始めたものの、地下二七階は石壁で作られた本格的な迷路であり、二分岐、三分岐した道はことごとく中途で止まり……。
「西も行き止まりサメエ」
業を煮やしたサメの着ぐるみを被る銀髪碧眼の少女、建速紗雨が空飛ぶ銀色のサメに変身して反対側の偵察をかって出るも、結果は同じ。
「一旦戻って、南回り……。って、また行き止まりか。マッピングは間違いないはずなのに、このフロアは袋小路ばかりです」
山吹色の髪を三つ編みに結った小柄な少女、呉陸羽も、迷宮内部に設置された灯火が照らすペンとノートを手に頭を抱える。
「オジサンには厳しいフロアだね。足腰を鍛えるにしても、こうまで似た景色が続くと目が回りそうだ」
ベテラン冒険者の呉栄彦が、ベルトにさした金属製の水筒で水分補給しながらぼやいたように、桃太一行はぐるぐると同じ場所を回らされて、貴重な時間を浪費してしまっていた。
「GOBU(ちわーす、毎度お馴染みのお邪魔人形でーす)」
「GOBU、GOBU(エロいことはしませんが、スカートめくりくらいは許されますよね)」
おまけに、迷宮といえばお馴染み。犬頭鬼ゴブリンを模したぬいぐるみ二〇体が、背後からわらわらと列をなして襲ってきたではないか。
「みんなっ、もう少し行けば広間がある。あそこで迎撃しよう」
「いや、桃太君。あのゴブリン人形達からは妙な視線を感じるから、オジサンが倒しておくよ」
しかしながら、最後尾を担当する栄彦が、〝黒鬼術師〟という後衛職にもかかわらず、酒のお猪口を持つような変わった構えで応戦――。
「GOBUU(そんなヘロヘロパンチが、あいたああっ)」
「GOBUU(ゆるやかな見た目に騙されるな!)」
「GOBUU(あんな危なっかしい歩法なのに、動きが速い)」
栄彦はあたかも酔っ払ったような千鳥足ながら、オモチャの剣や槍を持ったゴブリン人形達の懐へするりと入りこむや、手を巻きつけて武器を落とし、肩、肘、膝を使った連続攻撃を浴びせかけた。
「我らが拳は水のように柔軟に、なんてねっ」
終わってみれば、勝負は一瞬だった。
「GOBUU(そんなーっ。遊戯用ダンジョンに年齢制限がないといえ、出オチだなんて)」
「GOBUUU(とほほ。せめて女の子に倒されたかったああ)」
栄彦は一切の攻撃鬼術に頼ることなく、物理攻撃だけで二〇体ものゴブリン人形を瞬く間に蹴散らしてしまった。
が、そんな叔父に対し、姪である陸羽が顔を真っ赤にしてくってかかった。
「おじさまったら、またそんな格闘術を使って! お酒は飲んでいませんよね?」
「リウ、そう怒るなよ。私もまだまだ本気じゃないから、お酒は必要ないさ」
姪である陸羽はなにやら不機嫌そうに叔父へくってかかったものの、桃太は栄彦の独特な格闘術に目を輝かせた。
「栄彦さん。変わった戦い方だけど、お強いですね」
あとがき
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