第544話 クマ国神話を彩る女神達
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「栄彦さん。迷宮運営者の田楽おでんさんは、なんらかの意図があってクマ国神話を紹介する設問を用意したのでしょうか?」
西暦二〇X年八月二九日夜。
額に十字傷を刻まれた少年、出雲桃太は、遊戯用迷宮〝U・S・J〟を地下二六階まで踏破したことを踏まえ、クイズが用意された背景について、ベテラン冒険者である呉栄彦と意見交換を試みた。
「そうだね桃太君。まず考えられるのは、八岐大蛇の被害にあった被害者同士、地球と異世界クマ国で仲良く共闘しよう――という呼びかけだ」
栄彦は地上へ戻るチェックポイントとなるお宮を前に、赤い山椒魚に似た虫が描かれた金属製のスキットルを掴み、喉を湿らせつつ自身の推測を語った。
「むー、カムロジイチャンならともかく、おでんオネーサンがそんなことするサメエ?」
クマ国生まれである、サメの着ぐるみを被った銀髪碧眼の少女、建速紗雨は疑問を呈したものの――。
「でも、おでんお姉さんって、クマ国代表のカムロさんと張り合っているんでしょう? だったら敢えて自分のホームグラウンドだから可能なやり方で、地球とよしみを結ぼうと考えたんじゃないかな……」
山吹色の髪を三つ編みに編んだ後輩、呉陸羽は、また違った受け止め方をしたようだ。
「リウの言う通りかも知れない。地球の神々にもそうだが、クマ国の神々も妙に人間くさいんだよ。たとえば、完璧超人に見える武神スサノオだけど、明確な弱点を抱えているんだ」
「スサノオさんの弱点といえば、やはりカムロさんのように梅干しの味や、三味線演奏の賛否が分かれていることですか?」
「いや、もっとわかりやすい。女性関係だ」
桃太は一瞬、紗雨と陸羽の雰囲気が変わり、周囲の温度が数度下がった気がした。
「オジサンが〝頼れる情報通〟から聞き出したところ、日本神話においてスサノオの奥方とされるクシナダヒメや、カムオオイチヒメはもちろんのこと……。
クマ国では、母性と獣性両面の象徴として扱われる祖神アラハバキ。
神速の進軍を昴に例えられる軍神ミカハヤヒ。
変幻自在の姿で現れる福神ヒルコなどは、全員が女性神とされている」
栄彦は周囲の気配に気づいているのかいないのか、スキットルを腰ベルトに挿し直し、言葉を続けた。
「他にも無類の強さを誇ったとされる戦神ウマシマジや、このスキットルを作った……、いやなんでもない。山羊に似た角の生えた酒造神、サケトケノカミなど、クマ国には多くの女神がいるらしい。
その中でも、クシナダヒメ、カムオオイチヒメ、アラハバキ、ミカハヤヒ、ヒルコの五人は、最初期に降臨したことから、スサノオと絡むエピソードが多く、彼女達は彼の配偶者とされているんだ」
この栄彦の解説が、穏やかだった一日の終わりに火をつけた。
「むー。クマ国のスサノオさんはいったい何股をかけているんだサメっ」
紗雨は先ほどまでのスサノオへの好意はどこへやら、拗ねてぷんと頬を膨らませてしまった。
「あっちこっちの女の人とフラフラするなんて、やっぱりジイチャンと同じでカッコよくないサメエエ」
「紗雨ちゃん、クマ国では一夫多妻も一妻多夫も認められているんでしょう。そう邪険にしなくてもいいんじゃない?」
反対に、地球の冒険者一家の末娘としてとして生を受けた陸羽は、意味ありげに桃太へ目配せして微笑んだ。
「サ、サメエエっ!?」
「あ、あははは。今日はここまでにしようか。今日は、地下二六階まで辿り着いた。まだあと二日もあるから、目的の地下三〇階にも間に合いそうだ」
桃太は着ぐるみの尻尾をばだつかせながら真っ青になる紗雨を抱き寄せながら、話を逸らす為に楽観的な推測を告げた。だが、翌日、見通しが甘かったことを思い知ることになる。