第539話 創世神カミムスビと田楽おでんの謎
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(そうそう、おばちゃん幽霊…… 創世神カミムスビさんは、ファフ兄をものともしないくらい強かったんだ)
額に十字傷を刻まれた少年、出雲桃太は、異世界クマ国の創世神カミムスビとの会話を思い出した。
おばちゃん幽霊を自称する彼女の前では、八岐大蛇の首のひとつ隠遁竜ファフニールもかたなしだったため、敵対陣営から、〝太古の荒御魂〟の異名で呼ばれ、恐れられるのも無理はない気がする。
(だけど、クマ国神話にはひとつ腑に落ちない点がある。なぜおばちゃん幽霊はただ一人で戦ったんだ?)
桃太は遊戯用迷宮ウメダのすごいジャングルの地下二五階、水の流れる細い岩場を飛んだり跳ねたりしながら進みつつも、クマ国神話における天地創造になんとも言えない違和感を抱いていた。
「クマ国の天地創造か……。そういえば、おでんお姉様が、二度の滅亡を生き延びたと言っていましたよね」
呉陸羽が、三つ編みに結った山吹色の髪にかかる水を手で器用に払いながら、運営者である田楽おでんの自己紹介について触れた。
「そうか、クマ国神話で天地創造が語られることがない以上、地球の学者達が考えた仮説のように、それ以前の世界があってもおかしくない。神話には出てこないけど、おでんさんがこの頃から生きているのなら、クマ国皆んなのお姉さんを自称しても不思議はないのか」
桃太はようやく、おでんが〝お姉ちゃん〟を自称する理由が腹の中で納得できたし、ずっと腑に落ちなかった疑問を明確に意識できた。
(そうだ。おかしいのは、ここだ。一千年前も生きていたはずのおでんさんが、クマ国神話にまったく出てこない。そんなこと、あるのか?)
だが、それはおばちゃん幽霊を認識している桃太だからこそ、気が付いた違和感らしい。
「オジサンの知る〝頼れる情報通〟も、田楽おでんさんが一千年以上前から存在する付喪神なのは、本当だって言っているよ」
栄彦は腰ベルトに刺した、赤い山椒魚のような虫が描かれたスキットルを眺めながら浅く息を吐くものの、特に気にした様子はなく……。
「長生きで、お元気ですよね」
「サメエエ。おでんオネーサンは、ジイチャンも生き字引として一目おいているサメエエ」
彼の姪である陸羽とサメの着ぐるみをかぶった銀髪碧眼の少女、建速紗雨と談笑している。
桃太としても、創世神カミムスビと面識があることや、乂の短剣に隠遁竜ファフニールが封印されていることは秘密なので口にはできない。
(田楽おでんさんは、カムロさんと話した時、〝ウメダの里からは動けない〟と言っていたから、よその場所で戦えなかった可能性はある。でも)
そうであればこそ、桃太はおでんの正体の一端を知ったことで新たな疑問が生じたのだ。
(何より気になるのは、カムロさんとの模擬戦で彼女がポロッとこぼした、〝世界の破滅には二度と関わらない〟と言う台詞だ。クマ国代表のカムロさんと同じくらい強いのに……、先代文明の滅亡や、クマ国創世にも関わっていないのか? それとも関わったからこそ避けたがるのか?)
桃太は、鴉の濡れ羽を連想させる長い黒髪と、目鼻立ちの通った白皙が麗しい田楽おでんの横顔を脳裏に思い浮かべ、己が拳を握りしめた。
(俺は、迷宮最奥まで辿り着いた場合、賞品としてクマ国代表のカムロさんが目論む「地球、異世界クマ国、異界迷宮カクリヨの、三世界分離構想の阻止」をおでんさんに願うつもりだけれど……果たしてその願いは、おでんさん受け入れてもらえるものだろうか?)
あとがき
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