第538話 天地開闢
538
「栄彦さんは先ほど〝天地創造から始まるのではなく、戦争からスタートというのがいかにも異世界らしい文化の違いを感じさせる〟と仰っていましたが、クマ国神話の導入って珍しいんですか?」
額に十字傷を刻まれた少年、出雲桃太が、遊戯用迷宮〝ウメダのすごいジャングル〟の地下二五階、湖を連想させる水場に張り巡らさせた岩場を歩きながら問いかけると……。
「そうだね、桃太君。天地の支配をめぐる闘争から始まるクマ国神話は、日本だけでなく他の地球神話と比較しても特徴的だと思う」
ベテラン冒険者の呉栄彦は、腰ベルトから赤い山椒魚のような虫が描かれた金属製の水筒を抜きだし、水で唇を湿らせた。
そうして、「自分もそこまで地球神話に詳しいわけではないが」と前置きした上で、解説を続けた。
「たとえばユダヤ教やキリスト教では、神が光あれと呼びかけたところから――。
ギリシャ神話ではカオスという混沌の中から、天と地の神が交わるところから――。
北欧神話では、火の世界と氷の世界が衝突するところから――。
中華神話では、盤古という天地を分ける神が登場してから――。
世界が生まれて、それぞれの物語が始まるんだ。しかし」
世界創世には様々なパターンがあるものの、基本的には、宇宙や天地といった世界の枠組みが最初に語られることが多いという。
「クマ国神話の場合、すべてが滅ぼされた真っ白な大地の上と、荒れ狂う真っ黒な空の下で、ただ一人残された創世神にして生命神カミムスビが八岐大蛇やその眷属と戦う場面から幕が開く。つまり、クマ国の天地は誰が作ったかもわからないままに最初からあったんだ」
「そうか。それは確かに文化が違いますね」
「これには色々と解釈があるようで、日本の学者の中には、クマ国には先代文明があったのではないかという説を唱える者もいるくらいだ」
桃太は水に濡れた岩場を歩きながら栄彦と意見交換をするも、胸中に影をおとす違和感は膨らむばかりだった。おまけに。
「GEKO(まちにまったときがきたのだ。バカップルどもに、ひやみずをあびせるために)
「GEKO(おいろけシーンをおがむために、わたしたちはかえってきた)」
さきほど流されていったカエル人形達が、再び邪魔をしようというのか、わらわらと集まってきたではないか。
「今大切なことを話している最中なんだ。我流・長巻!」
「「GEKO(もうちょっと、てごころおおお)」」
とはいえ、桃太は既に彼らの動きを見切っており、今度は飛び道具に頼ることなく手刀でカエル達をあっさり蹴散らした。
その結果、紗雨と陸羽のラッキースケベなシーンを拝むチャンスを逃したのだが、自らの過ちに気づくこともなかった。
(そう言えば、俺は創世神カミムスビさんと面識があったっけ?)
桃太は更に思考を巡らせ、クマ国に入国する以前、八岐大蛇・第七の首ドラゴンヴァンプを破った直後のことを思い出した。
『桃太君。そのおばあさんは、一千年前に八岐大蛇と鬼の軍勢がクマ国へ侵攻した際に、第一波の眷属を一人で壊滅させた暴れん坊だぞ。お淑やかなはずがないだろう。……げふっ』
『くらいなさい。これぞ、紗雨ちゃんが乂君と一緒に見ていた女子プロレスで学んだボストンクラブ!』
白金色の髪を一つ束に結わえて左目が赤く右目が青い創世神カミムスビは、八岐大蛇・第五の首たる金髪青年、隠遁竜ファフニールにおばあさん呼ばわりされたことで激怒し、逆エビ固めを極めていた。
(そうそう、おばちゃん幽霊…… 創世神カミムスビさんは、ファフ兄をものともしないくらい強かったんだ)
あとがき
お読みいただきありがとうございました。
ブックマークや励ましのコメント、お星様、いいねボタンなど、お気軽にいただけると幸いです(⌒▽⌒)