第537話 地下二五階〝水の岩場〟探索開始
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「地球では珍しい神話の導入形式だ。天地創造から始まるのではなく、戦争からスタートというのがいかにも異世界クマ国らしい、文化の違いを感じさせるよ」
西暦二〇X二年八月二九日午前。
額に十字傷を刻まれた少年、出雲桃太は、新たにチームを組んだベテラン冒険者、呉栄彦の活躍によって、進行を阻むスフィンクス人形の謎を解き、遊戯用迷宮〝ウメダのすごいジャングル〟地下二五階へと足を進めた。
「さて次のフロアは水で濡れた細い道を歩くようだね。足元に気をつけて進んでいこう」
栄彦が新階層に踏み出しつつ、赤い山椒魚に似た虫の描かれたスキットルを腰ベルトに挿しながら忠告する。
「GEKO?」
「GEKO、GEKO(こいつらカップルに違いない)!」
さっそくの歓迎お目見えとばかりに、カエルをまるまるとデフォルメした、全長五センチ程度の人形が何十匹と飛びかかってきた。
「GEKOOO(ダブルデートなんて羨ましすぎる)!」
「GEKOOOOO(いっしょに濡れようぜええい)!
ただでさえ足元の悪い細い岩場を歩かなければならない危険なフロアだ。
「わっ、わわっ」
「サメエ。いっぱい来たサメエ」
山吹色の髪を三つ編みに束ねた、栄彦の姪、呉陸羽や、サメの着ぐるみをかぶる銀髪碧眼の少女、建速紗雨は人形の突撃に面食らい――。
「ひゃんっ」
「さ、サメエ?」
「あぶない、二人ともつかまって」
二人揃って濡れた足場で転びそうになったところを、桃太に支えられて真っ赤になる。
「ここにもお邪魔人形がいるのかっ。蹴散らします」
桃太が見た限り、とくに殺傷力こそないようだが、大量のカエル人形にしがみつかれてしまえば水場に落ちてしまうこと間違いない。
そうなれば、最悪の場合ゲームオーバー。チェックポイントからのやり直しだ。
「我流・手裏剣! 乱れ撃ちっ」
桃太は、〝ウメダのすごいジャングル〟の中では、攻撃鬼術の威力が制限されていることを知っているため、岩場から拾った石に衝撃波をこめてドバドバと投げ入れ、水面に大きな波を引き起こした。
「GEKOO(ばかなっ、おいろけシーンもおこせずに、でおちだとっ)!? 」
「GEKOO(おに、あくま)! GEKOO!!」
カエルの人形達は、無念そうな悲鳴をあげながら遠くへ流されていった。
「残念。鳴き声は変だけど、ちょっと可愛かったのに」
「サメエ。川より海の生き物の方が可愛いサメエ。この先にもっと可愛い人形がいるかも知れないサメエ」
陸羽は造形を気に入ったのか別れを惜しみ、紗雨に慰められていた。
(なんだろう、形にならないけど何かがひっかかる)
桃太は栄彦が「クマ国創世を描いたとされる壁画の写しを選べ」というクイズ問題を解いた時、まるで夜空を見上げたら新月だった日のような、妙に落ち着かない気持ちになっていた。
なにかあるべきものが隠されているような、すわりの悪さを感じたのである。
「栄彦さんは先ほど〝天地創造から始まるのではなく、戦争からスタートというのがいかにも異世界らしい文化の違いを感じさせる〟と仰っていましたが、クマ国神話の導入って珍しいんですか?」
あとがき
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