第534話 桃太と紗雨、U・S・J攻略を約束する
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「紗雨ちゃん、元気だして。俺は一緒に遊べるだけで楽しいよ!」
西暦二〇X二年八月二八日午後。
額に十字傷を刻まれた少年、出雲桃太は鍛錬でコブの浮いたゴツゴツした右手を伸ばし、サメの着ぐるみをかぶった銀髪碧眼の少女、建速紗雨の白く美しい手を握った。
(異世界クマ国ウメダの里にある遊戯用地下迷宮〝ウメダのすごいジャングル〟の最下層、地下三〇階にある記念碑まで辿り着いた者には、運営者である田楽おでんが可能な限りの願いを叶えてくれる……)
しかし、紗雨には趣味のサメ映画を紹介してもらうような、ささやかな願いしかないのだ。
無理して進む必要は無いと伝えたようとしたところ、力強く手を握り返された。
「桃太おにーさん。実は願いができちゃったサメエ。紗雨はこれまでジイチャンがいたから、ご先祖のこととか今まで考えもしなかったんだ。でも、おでんオネーサンがご先祖の話をしてくれたから、家族のことを知ってみたいと思っちゃったんだサメエ……」
桃太はその瞬間、背中を震わせた。
彼女の養父であるカムロから聞いたところ、紗雨の親族は全員が死亡しているらしい。
(ひょっとしたら悲しみが増すだけかも知れない。でも自分のルーツだもの、知りたいよね)
桃太は紗雨の背中に左手を伸ばし、そっと抱き寄せた。
「サメ? 桃太おにーさん?」
「わかった。実は俺も、カムロさんが考えている〝地球と異世界クマ国、異界迷宮カクリヨの三世界を分離する〟計画を阻止したいから、おでんさんに手を貸してもらいたいと思っているんだ。だから、一緒にゴールしよう」
かくして桃太は紗雨に対し、〝U・S・J〟を最下層まで攻略し、一緒に願いを叶えようと約束した。
「わーい、桃太おにーさんと二人きりでデート続行サメエ!」
紗雨は無邪気に飛び跳ねて喜んだが、桃太は困ってしまう。
なぜなら願いを叶えてもらうためには、月末までに最下層まで攻略する必要があるからだ。
「待って、タイムリミットまであと四日だよ。さすがに二人だけじゃ時間が足りない。ルール上、四人チームまで許されているから、遥花先生にも声をかけようと思うんだ」
「さ、サメエエ。確かに頼りになるけど、家族のことで先生に力を借りるのは気が引けちゃうんだサメエエ」
紗雨は、教師として頼りになる反面、恋敵としては強すぎるボス的存在、矢上遥花をチームに加えると聞いて、まるでサメ映画の犠牲者にでもなったかのような悲鳴をあげた。
「遠亜っち、やっぱりクイズを解かずに、無理やりスフィンクスを突破するのは無理だったね……」
「心紺ちゃん、一度試してみる価値はあったと思うよ。でも、遊園地のクイズアトラクションで暴れるのは、よくないことだよね」
「ごめんなさい」
桃太は、クラメイトであるサイドポニーが目立つ少女、柳心紺と、瓶底メガネをかけて白衣を着た少女、祖平遠亜がおでん屋台にふらふらと入ってゆくのを見て、ぽんと手を打った。
「そっか、先生に頼むのはやっぱり気後れしちゃうよね。柳さんや祖平さんも苦戦しているみたいだし、彼女達に頼んでみる?」
「違うそうじゃない。ライバルが、ライバルが多いサメエエっ」
あとがき
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