第523話 カムロが叶えた願い
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「おでんさん。差し支えなければ教えてください。カムロさんは遊戯用地下迷宮〝U・S・J〟の最下層にある記念碑まで辿り着いて、いったいどんな願いを叶えてもらったんですか?」
額に十字傷を刻まれた少年、出雲桃太は、赤いサマースーツを着た迷宮の運営者、田楽おでんに対して気になっていた質問を投げかけた。
(クマの里にある屋敷を見るに、質素倹約に生きるカムロさんのことだ。金銀財宝というのは無さそうだ。とっておきの農具や工具? ひょっとしたら)
桃太は彼の師匠であり、浮き世離れしたところのあるカムロがどんな褒賞品をもらったのか心騒いだ。
(カムロさんが望んでいる地球、異世界クマ国、異界迷宮カクリヨの三世界分離についての手がかりが掴めるかも知れない)
なぜなら阻止するどころか、いまだ全容すら掴めない計画の手がかりになるのではないかと期待したからだ。
「桃太君、お姉ちゃんだぞ。ちょっと待ってくれ。今思い出す。確かあの時、カムロが言った願いは……〝税金を払ってくれ〟だったかな」
「ぜいきんをはらってくれ、ですか」
屋台に背中を預けたおでんのあっけらかんとした返答を聞いて、桃太は狐につままれたような気分になった。
願いが叶うという、ロマン溢れる触れ込みのくせに、かつて踏破した先達の願いは夢も希望もなく、ものすごく世知辛かった。
「そうだった、そうだった。その為に三〇階も潜ったんだった。土地の所有も商売も構わないけど、資産税はもちろん、所得税も住民税も延々滞納されるのは、さすがに困ったんだよなあ」
「ふん、ごうつくばりめ。賞品で約束を交わさなかったら支払いなどするものか」
「前に相談した時も話を打ち切られたし、姉を自称するならもうちょっと協力してくれてもいいだろうに……」
「家庭に世界に関わる重大事を持ち込むな。お前はあの馬鹿息子かっ!」
「家庭関係ないし、さすがに言い過ぎだろうっ!」
鴉の濡れ羽を思わせる黒い長髪が美しい女性おでんと、牛仮面をかぶり黒い紋付き袴をはおる初老の男カムロは、またも角を突き合わせて目線でいがみあう。
「まあまあ、カムロさんもおでんお姉さんも、落ち着いて」
桃太が内心「世界に関わる重大事ってなんだ?」とか「馬鹿息子って誰?」と興味をひかれつつもなだめると、カムロもおでんも恥ずかしくなったのか、二人揃ってメンチを切っていた目を逸らした。
「桃太君、実はもうすぐ嵐が来ると予報があってね。これから僕は出かけなきゃいけない。おでん、紗雨と地球からの客人をよろしく頼むよ」
「地球からの客人、ね。カムロ、五馬乂と三毛猫の妹を連れてこなかったのは、ハンラン対策を手伝わせる為かい。予定されている被災地域はどこだ?」
おでんはカムロの要請からなにか不穏な事情を勘付いたのか、氾濫のイントネーションを微妙に変え、やや距離が離れているといえ冒険者パーティ〝W・A〟の団員達に聞こえないよう、声量を落として問い返した。
「おでん、話が早くて助かるよ。キソの里の付近、コウナン郡のヒスイ川あたりでハンランが起きそうでね。土のう袋でも手土産に食い止めに行ってくるよ」
カムロもまたおでんの真似をして、控えめの声で受けごたえする。
桃太は、そんな意味深な会話を聞いて、肌がさっと泡立った。
(なんだ、今の二人の言い方は? カムロさんもおでんさんもヒスイ川とやらが氾濫するのじゃなくて、地球日本で八大勇者パーティがやらかしたように、誰かが反乱するみたいに聞こえるぞ!)
あとがき
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