第50話 報い
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「臨兵闘者皆陣烈在前――九字封印!」
桃太は左手で右手を覆って、九つの印を結び終えたが、遥花を救った時とは異なり、眼前の光景は何も変わらなかった。
伏胤の肉体は、赤い霧と黒い雪に蝕まれるようにほつれ、少しずつ小さくなってゆく。
「お、おい劣等生。貴様は何をしたんだ? いやだ、俺の手が足が、体が消えてなくなっちまう」
「俺だけじゃ力が足りないのか。そうだ、紗雨ちゃんも手伝ってくれ。憑依解除!」
桃太はヘビの仮面を外して呼びかけるも、空飛ぶ白銀のサメはゆっくりと首を横に振った。
「桃太おにーさん。そのひとはもう……手遅れサメ」
「て、手遅れって、そんなのわからないじゃないか。そうだ、ダンスならどうだ?」
桃太は、紗雨の手遅れという言葉を受け入れられず、拳を伸ばし足を蹴り上げて踊ったが、伏胤の崩壊は止まらない。
「相棒だってわかっているはずだぜ? 罪のない宮司夫妻を殺し、平和だったイナバの里を焼き、自分の仲間さえ生贄として食らった。こいつは人間性を、理性を投げ捨てて鬼になっちまったんだ。だから、地獄へ落ちるんだよ」
ヘビの仮面から、黄金色の蛇となった乂が頭と首を横に振って、桃太の肩を尻尾で叩いた。
「理性を投げ捨てた……。じゃあ、さっき伏胤が右手と左手の区別がつかなくなっていたのは、そのせいなのか?」
それほどまでに、鬼に侵食されていたということだろう。
「ダマレっ。何が鬼だ、何が地獄だ。新たな勇者となっタこの俺が、お前達のような劣等生や愚民に役割を与えてやろうと言っているんダ。さっさと俺を治しヤガレっ」
伏胤は、乂の通告がよほどにショックだったのだろう。唾を吐きながら暴れたものの、その唾すらも赤と黒に染まっていた。
「し、死にたくナイ。お、俺は最強の力を得たんだぞ。おい白鬼術士は雑魚に構っている場合か。誰でもいいから、俺を助けてくれえええっ」
遂には自らが撃った仲間達に手を伸ばして助けを求めたが、白鬼術士である祖平遠亜も、彼女たちの治療を受ける遥花も林魚も、悲しみと憎しみの入り混じる視線を向けるばかりだった。
「オカシイ。ザエボスが俺を喰らうのか。こんな馬鹿なAAAA」
桃太が九字を切った影響か、〝鬼神具〟である〝和邇鮫の皮衣〟の一部が、かすかな黄金と白銀の光に包まれて残ったが……。
赤い霧と黒い雪は、宿主の肉体を血の一雫すら残さず喰らい尽くし、消え失せた。
「馬鹿はお前だ、伏胤」
桃太はワニ皮の残骸を掴み取り、我知らず涙を流して呻いた。
伏胤は恐喝してきた犯罪者だったし、親友、呉陸喜の仇たる勇者パーティ〝C・H・O〟の一員だ。
それでも、彼の悪事は〝鬼の力〟に汚染されたからで、祓えば正気に戻るのではないかと期待した。
「サメエ。桃太おにーさんが気に病むことないサメエ。でもイヤなら、クマの里に帰るサメ?」
「シット! 正直に言えば、相棒の嘆く理由がオレにはわからん。奴は滅ぶべくして滅んだ悪党だ。でも、戦えないって言うならいいさ。桃太はここで降りろ。お前の復讐は、オレがちゃんと引き継いでやる」
紗雨と乂の優しい申し出に、桃太は涙を拭って鼻水を啜った。
「桃太君はよくやったわ。でも、もういいの。きっと貴方には復讐なんて向いていない」
遥花がそっと抱きしめ、あやすように頭を撫でてくれた。
恩師の温もりが、ぐしゃぐしゃになった桃太の心に染み渡る。
「いいえ、遥花先生。俺が決めたことです。俺は俺の大切な人達を、故郷を、日本を守りたい。三縞代表の意図か、黒山の勝手かはわからないが、勇者パーティ〝C・H・O〟は必ず止める」
桃太は言い切った後、山道に手をついて紗雨と乂に向かって頭を下げた。
「紗雨ちゃん、乂。すまなかった。自分だけで何でも出来るような気がして、傲慢になっていた」
あとがき
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