第510話 善きドラゴンの伝説
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西暦二〇X二年、八月二五日朝。
ウメダの里へ続くワープゲートをくぐった時、焔学園二年一組の生徒達が見たものは、海にかかる長大な鉄道橋と風光明媚な南国の島だった。
「え、ウメダの里って臨海都市なのか? 紗雨ちゃんや乂からは、交通の要衝って聞いてたから、てっきり平野だと思っていた」
額に十字傷を刻まれた少年、出雲桃太が窓一面に広がる海景色に圧倒された直後。
「「びっくりした、海がキレイ!」」
「「町中を水路が通っている!」」
冒険者パーティ〝W・A〟の同僚であるクラスメイト達も一斉に驚きの声をあげた。
「ははは、日本にも梅田という地名があるそうだね。ここウメダの里は、クマ国屈指の海上交通の要衝なんだ。驚いたかい?」
異世界クマ国の代表、カムロの紹介を聞いて、桃太はぶんぶんと頷き、鬼術で強化した双眼鏡を覗き込むと、水平線の向こうには大陸と島が並ぶ海峡が確認できた。
「はい、驚きました。カムロさん、ウメダというからには、やはり梅の木に関係があるのでしょうか」
「いや、土地に伝わる昔話によると……。
一千年以上昔、地下深くで眠っていた火竜アテルイは、この地へ侵攻してきた悪しき軍勢が人々を虐殺したことに憤り、攻め寄せた艦隊を海湾ごと粉砕して埋めたてたらしい。ウメダの里の語源は、そのまま〝埋めた〟なのさ」
「……ド派手な伝説ですね。カムロさん。それは、本当にあったことなんですか?」
「さてね。侵略者達を退けた火竜は深手を負って力尽きたが、地元民に供養されて守護竜として祀られた。ウメダの里にかけられた長大な鉄橋も、彼を偲んでアテルイ橋と名付けられたほどさ。そんな善きドラゴンが相手なら、僕だって戦いたくはないものだ」
カムロは伝説の真偽について誤魔化したが、桃太は敢えて踏み込むことにした。
「カムロさん、そのアテルイさんって火竜も、八岐大蛇の首だったんですか? ひょっとしたら、ドラゴンの中にも話ができる相手がいるんじゃないかと思うんです」
桃太の心中には、八岐大蛇のエージェントながら力を貸してくれた伊吹賈南や、短剣の中に封じられた第五の首、ファフ兄の姿が浮かんでいた。
(賈南さんやファフ兄さんみたいに話の通じる竜が他にいるのなら、八岐大蛇を討たずとも、分かり合えるんじゃないか?)
桃太の願望は、カムロによってぴしゃりと切って捨てられた。
「桃太君。意思疎通できることと、衝突しないことは別だ。
黒山犬斗、四鳴啓介、六辻剛浚、七罪業夢……。意思疎通ができるからこそ、彼らは相手を騙し、奪い、踏みつけてきた。
そういった悪しき存在がいることを、キミはこの二年間見てきたはずだ」
「それは確かに、その通りです」
カムロの視線の先には、昆布のように艶のない髪の少女、伊吹賈南がいた。
彼女は若返った今でこそ桃太の味方をしているが、かつてはクマ国で無数の里を滅ぼし、日本中に鬼の力を広め、その悪影響を浄化する研究を握り潰した過去がある。
「キミ達は、鬼……モンスターが地球の半分を手中に入れた危険性を再認識すべきだ。特に鬼の首魁、八岐大蛇は、己が欲望のままに世界を喰らう悪逆非道の権化だ。決して気を許してはいけないよ」
「はい」
桃太はカムロの言葉に頷いた。
(カムロさんは、賈南さんのこと以外にも、ファフ兄さんのことに釘を刺しているのかな? いや、意思疎通できることと、衝突しないことは別だ。か)
それは本能か、それとも師弟の絆ゆえか、この時、桃太は直感した。
(そっか。俺がこの先戦う相手は、八岐大蛇だけじゃない。ひょっとしたら、カムロさんも、なのか)
あとがき
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桃太君は、カムロが目論む三世界分離計画を止められるのか? そして、いまだ残る八岐大蛇の策謀とは?
第八部は九月六日(金)から再開します。