第509話 賈南の思惑と流星雨にかける願い
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「カムロは、三世界最強であることを証明した。だから、獅子央焔は対抗策を求めたのよ。義父殿が地球に辿り着いたばかりの、ボロボロだった父と妾を保護したのは、いずれ彼奴が起こしうる三世界分離計画をくじくために他ならない」
昆布のように艶のない黒髪の少女、伊吹賈南は、八岐大蛇七体がカムロ一人に敗北した苦い思い出を、担任教師である矢上遥花に語り終えた。
「矢上遥花、妹弟子であるお前に言うのもなんだが、焔めはスパルタでな。冒険者としての戦い方以外にも政治やらなんやらをパワーハラスメント全開で教え込まれた。妾も色々と間違った受け止め方をしたが、ありゃあ教え方も絶対に悪かったぞ」
「焔様は、そういう方でしたから……」
遥花も言葉を濁した。
性格は違えど、子供である孝恵にも強引さは引き継がれており、「一学期で、勇者パーティと戦っても死なないクラスを作ってくれ」などと、無茶な要求されたのを思い出す。
遥花は、寿退社の折には慰謝料代わりに大金をふんだくってやろうと心に決めた。
「そう言えば賈南さんの先代はどうされたんです?」
「父の弥三郎はすっかり牙が抜けて、ロックミュージックやらスキューバダイビングやら、やたら俗っぽい趣味に没頭したよ。三縞の乱で巻き添えになり、暴徒に襲われて逝ったが、因果応報の結末を得た癖に、死に顔はまるで普通の人間のようで安らかだった」
賈南は最初こそ寂しげに懐古していたものの、途中から怒りが湧き上がってきたらしい。
「いや待てよ。娘に大役任せて楽隠居して満足死とかふざけんな。妾は生き延びることに必死だったというに!」
「でも、賈南さんも獅子央孝恵校長と結婚されて、幸せだったんじゃないですか?」
「勘違いするなよ? ダーリンを……いや焔の息子だった孝恵を夫に選んだのは全て生存のため。ゆえに愛情などない、まったく無いんだからな」
遥花は賈南が執拗に言い張るのに苦笑した。
別れた今、元夫婦の関係になったは言え、二人は妙なところで通じている。
下手にツッコミを入れて、馬に蹴られるのは避けたかったので、代わりに一つだけ聞いてみることにした。
「賈南様はどうしてクマ国に来ようと思ったのですか? 冒険者パーティ〝W・A〟に参加せずに、地球に戻るという選択肢もあったはずです」
「正直なところ、カムロに討たれることも覚悟していた。だが、そのリスクに見合うメリットがあると踏んだのだよ。このようにクマ国を平穏に旅した八岐大蛇の首は、妾が最初で最後だろうからな」
賈南は蛇のように赤い舌を出して、ニヤリと笑う。
「矢上遥花、妾はどうしても勝ちたいのだよ。今度こそは妾の夢を叶えたい」
「それが桃太君を、わたしの生徒達を悲しませることだったら、全力で止めて見せます」
遥花は、悪ぶるように微笑む賈南をそっと二本の腕で抱き寄せた。
すると、昆布のように艶のない黒髪が生えた顔が、豊満な胸に埋まって息が止まってしまう。
「ギブ、ギブ! 止めてみせますって言って、本当に窒息死させるやつがあるか!」
「賈南さん、大袈裟ですよ。みんな流れ星を見ているんだから静かにしてください。一緒に願いましょう。皆で幸せになれますようにって」
「いやだ、妾だけが幸せになるんだーい!」
賈南が脱兎のごとく、遥花から逃げ出したのは言うまでもない。そうして星空の下で、夜はふけてゆく。
西暦二〇X二年、八月二五日朝。
ウメダの里へ続くワープゲートをくぐった時、焔学園二年一組の生徒達が見たものは、海にかかる長大な鉄道橋と風光明媚な南国の島だった。
あとがき
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