第507話 白熱戦
507
「触れただけで崩壊する重力異常の狭間を突っ込んできて無事な変態なんて、妾もカムロ以外に知らん。巻き込まれた森やら川やらがあとも残さず消し飛ぶ中、彼奴めはスペースドラゴンの懐に入り、全長二〇メートルくらいあった怪獣のごとき身体を、雷と炎、二振りの剣で八等分に切り刻んでしまった。まったく血も涙もないと思わないか?」
「賈南さん、八岐大蛇が地球とクマ国でやったことを思い出してください。ブーメラン、後頭部にブーメランが刺さってます」
八岐大蛇の首たる少女、伊吹賈南は、自らの昆布のように艶のない黒髪を弄びながら恨めしげに愚痴ったものの、担任教師の矢上遥花に正論を返された上に、彼女のふわふわした栗色の髪が羨ましくなったのか、ぷいとそっぽを向いた。
「で、第三の首が死ぬと同時に、いいや、最初から一緒くたに狙っていたんだろう。第四の首、デスドラゴンが周囲一キロを腐らせる死の呪詛を放った」
『ガハハハ、死んだか。……バカなっ』
『これまで殺された犠牲者の無念を思えば、お前のばらまく死などぬるい』
カムロは両手の炎と雷の刀を蝋燭のように吹き消して、新たな一振りの太刀を空から掴み出し、迫り来る死の呪いをこともなげに切り払った。
「で、デスドラゴンは、カムロが太刀の斬撃で生じさせた空間の裂け目に貫かれて、左右に真っ二つに別れて死んだ」
半世紀前の戦いを思い出して語る賈南の顔は、真っ青だった。カムロは鼻を鳴らし、牛みたいな仮面の奥から以下のように言い放ったという。
『なんだ、八岐大蛇の首が七本も雁首揃えてこの程度だって? ここには千年前のファフニールほどの竜はいないのか』
賈南は、白い流れ星を見上げながらぶるぶると震え、力無く遥花が着たスーツの裾をひいた。
「戦ったのは半世紀も前だが、正直、カムロが言った言葉は今も悪夢に見るとも。怖いのは第五の首だけで、妾達なぞ全員眼中にないと言ったも同然だ」
賈南が先代にあたる元〝第一の首〟、伊吹弥三郎から聞きだしたところ、八岐大蛇に伝わる秘伝では、一千年前の戦いにおいて、第五の首、ファフニールはスサノオをとことん苦しめたらしい。
「だから、スサノオの記憶を引き継いだという幽霊カムロから見れば、妾達、新世代のドラゴンは見劣りしたのかも知れん。実際、妾も含めて、残る第一、第二、第六、第七、第八の首が総出でかかって返り討ちにあった」
賈南は、額に十字傷を刻まれた少年、出雲桃太と共に流星雨を眺めて呑気に歓声をあげる、足の見えない白髪の老人カムロを横目で見た。
「妾にも自負心はあった。最も新しい八岐大蛇の首として、切り札たらんと意気込み、父、弥三郎とのコンビネーションで挑んだが、まるで歯が立たなかった」
賈南の黒い瞳は、怒りか、悲しみか、恐怖か、様々な感情でどろりと濁っている。
「カムロは強すぎた。死人兵やモンスターは鎧袖一触とばかりに蹴散らされ、隠形術に秀でた第八の首が奇襲するも失敗して討たれ、生存能力に長けた第七の首も増殖した分け身もろとも殲滅された」
あとがき
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