第505話 賈南、〝八岐大蛇・第一の首〟を襲名す
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「だがな、日本の冒険者組合を創った男。獅子央焔だけは、もうひとつの可能性に気づいた。カムロを筆頭とするクマ国が、地球の東西冷戦に巻き込まれることに呆れ、交渉断絶に方針転換するのではないか、とな」
異世界クマ国エチゼンの里の夜空を流星が彩る中、丘の上に立つ少女、伊吹賈南は、担任教師の矢上遥花に向けてとんでもない秘密を明かした。
「あっ。半世紀前の地球は異界迷宮カクリヨからのモンスター侵攻を阻もうと、クマ国との協力を模索していたはず。交渉を打ち切られるのは避けたかったのですね」
「アハハ。まったくその通りだとも」
遥花が赤いリボンで結んだ栗色の髪を力無く落として問いかけると、賈南は昆布のように艶のない黒髪を風になびかせながら首を縦に振った。
「焔曰く、〝クマ国は隈の国。欲望と争いに満ちた現世から隔絶された、仙境や桃源郷のようなもの。いつまでも我々の隣人であってくれるとは思えない〟とさ。派遣されてきた技術者オウモらと共に懸念を晴らすための調査を進めた結果、逆に……カムロであれば〝三世界の分離も可能〟という結論に辿り着いた」
「どんな手段で、そんな世界の改変が可能だというのです!?」
遥花の問いに対し、賈南は左目に指を当てて、あっかんべーと舌をだした。
「いくら矢上遥花でも、それは明かせない。今後、彼奴めに勝利する上で明かせぬ、絶対秘密、という奴じゃ」
そこまで言い切った賈南は、昔を懐かしむように夜空を見上げ丘に腰を落とした。
遥花も習い、かつての上司で今は教え子となった少女の、僅かに赤く輝く黒い瞳を覗き込む。
「賈南様の先代にあたる八岐大蛇の首も、一度はカムロ様に負けたんですよね?」
「……ああ、第七の首との戦いの後で話したことなら、半分嘘じゃ。実は妾も参陣して負けたよ。それはもう盛大に負けた」
賈南は投げやりに答えると遥花から視線を外し、不貞腐れたように草原に大の字に寝っ転がった。
「今から半世紀ほど昔、妾達は調子にのっていた。かつて敗北したクマ国と、新しく見つけたご馳走たる地球、二つの世界を貪っていたんだ。増長だってするさ」
賈南は白い星の流れる夜空をみあげて、浅く息を吐く。
「だから一千年前に封印された後、クマ国に潜入したままだった第五の首、隠遁竜ファフニールが『我々の天敵が生まれた。今すぐ逃げろ』と退避を勧めても、悪い冗談としか受け止めなかったし、大勢の眷属……部下達がやられて、土地の大半を奪い返されても、ちょっと歯応えのある獲物が出てきたと喜んだくらいだ」
遥花は無言のまま、賈南の思い出話に耳を傾けている。
「ああ、だが、妾の先代たる首、伊吹弥三郎だけはなんとなく不穏な気配に気づいていたのかも知れん。久方ぶりに七本の首が集まってカムロを狩ろうと決まった時、妾に〝八岐大蛇・第一の首〟たる資格を譲って前線に立つことを禁じた。おそらくは、石橋を叩いて渡るような保険に過ぎなかったのだろうが、な」
あとがき
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