第503話 星空の下、遥花と賈南
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「桃太君。明日はいよいよウメダの里に到着するが、今日はちょうど流星群が観測できる日なんだ。ここエチゼンの里で見る星空は絶景だよ」
西暦二〇X二年、八月二四日夜。
額に十字傷を刻まれた少年、出雲桃太は、牛頭の仮面をかぶった異世界クマ国の代表カムロに連れられて、焔学園二年一組の生徒と共に丘上にある野原までやってきた。
「カムロさん、クマ国って素晴らしいです。乂や凛音さ……リンちゃんも来れたら良かったのになあ」
「あの子達には治療と修行が必要さ。僕がホストでは物足りないかな?」
「とんでもない!」
桃太はカムロの隣に座り、流れ星が雨のように降り注ぐ夜空を見上げて天体観測をした。
「おい矢上遥花、ご執心の出雲桃太の隣を男に取られてどうする? お前もデートすればいいのに」
そんな穏やかな光景に、茶々を入れたかったのか――?
鬼の首魁、八岐大蛇のエージェントを自称する、昆布のように艶のない黒髪の少女、伊吹賈南は、担任教師の矢上遥花を桃太へ向けてけしかけようとした。
「賈南さん。わたしは先生で、彼は生徒です」
が、栗色の髪を赤いリボンで結わえた女教師の道徳心は高く、不良生徒の挑発を受けても簡単には揺るがない。
「貴女こそ、良いんですか? 今回の旅では桃太くんをあまり口説いていないようですが?」
「旅館で梅干しを口にした時、手応えを感じたからなあ。押して駄目なら引いてみろではないが、やりようは色々とあるのさ」
遥花は、彼女が大切に思う桃太が――特製の梅干しで浄化されたいわゆる〝綺麗な賈南〟にタジタジだったことを思い出し――ほんの少し胸がしめつけられた。
「それとも、〝交渉が上手く行かず、デートどころではない〟ということかな。たとえば、あそこで上機嫌なカムロが、〝地球と異世界クマ国、異界迷宮カクリヨを分離したい〟とでも言い出したとか?」
遥花の甘い情動は、賈南の核心を突いた不穏な言動で――恐怖にとって変わられた。
「カムロ様には、八岐大蛇との戦いの後についてお尋ねしたんです。クマ国のことはクマ国がやるから、地球のことは地球でやって欲しい。互いに内政干渉は避けよう。民主政治なんだから、できるだけ良い議員を選んで欲しいと勧められました」
賈南の問いかけに対し、遥花は表情を変えないよう務めながら、どうにかあたりさわりのない解答を導き出した。
「ふん、誤魔化しても真相を言っているようなものじゃないか。どうせ〝どうやって三世界を分離するのか〟は、聞き出せなかったんだろう」
「……」
賈南は今でこそ思春期の少女に化けているものの、本来は遥花よりずっと年上で、冒険者組合の代表代理として海千山千の怪物めいた冒険者、政治家や官僚と政争を繰り広げてきた鬼女だ。
初代勇者である獅子央焔が見出した最後の弟子。天才冒険者と謳われても――いまだ二〇歳に過ぎない遥花では、隠し通すのも限界があったらしい。
そして、賈南は遥花がまるで予期しなかった事実を続けたのだ。
「フッ。初代勇者の看板は伊達ではないということか。どうやら我が義父、獅子央焔の予測は半世紀を越えて的中したらしい」
あとがき
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