第494話 恐怖の検証
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(落ち着け。たとえカムロさんであっても気圧されるな。ひとつひとつ検証して、なんとか活路を見出すんだ)
額に十字傷を刻まれた少年、出雲桃太は会談場所である和室で深呼吸して、文机や朝顔が描かれた掛け軸が織りなす日と影のカタチを一望し、風鈴の音を聞きながら……集中しようと目を瞑った。
(まずカムロさんは異世界クマ国の守護霊だから、異なる世界――地球や異界迷宮カクリヨに長時間滞在すれば消滅してしまうらしい。だから、どんなに強くても、これまでは八岐大蛇と鬼の軍勢を根絶できなかった)
桃太は異世界クマ国の代表であり、自身の師匠であるカムロが先に述べた言葉を思い出す。
『僕は死に物ぐるいで戦った。
地球へ逃げた一体と封印された一体こそ討てなかったものの、八岐大蛇の首と呼ばれる強大な八体のドラゴンのうち六体を打ち倒し、いくばくかの命を救えた。
仲間と共に制圧された各地の里を取り戻した旅路は、今でも輝かしい想い出だ』
桃太は、カムロが討ち漏らしたという二体のドラゴンに覚えがあった。
地球へ逃げた一体――とは、すなわち冒険者育成学校焔学園二年一組のクラスメイトである、昆布のように艶の無い黒髪の少女、伊吹賈南。
封印された一体――とは、赤茶けた錆びた短剣の内部に引きこもる、金髪を輪ゴムで留めた青年ファフ兄。
二人のことで相違あるまい。なにせ彼や彼女自身、八岐大蛇の首、あるいはエージェントだと自認しているからだ。
(八岐大蛇は半世紀以上の時間をかけて、討たれた六体のドラゴンを再生、あるいは新生させた。ドラゴンは概念的な存在だから復活も可能だと、ファフ兄さんが教えてくれた)
そして八本の首が揃った八岐大蛇は、伊吹賈南のいる日本で暴れ、桃太が三、四、七の首を落とした。
そして、第五の首であるファフ兄が封印されている以上――。
残っている動ける首は、一、二、六、八の四本となる。
(カムロさんは自身の消滅までに四体のドラゴンを討ち、なんらかの手段で、地球、クマ国、カクリヨの三世界を永久分離させるつもりらしい。師匠を死なせないのは前提として、このとんでもない計画が成就した時、俺が一番困るのはなんだ?)
桃太の目蓋の裏に現れたのは、サメの着ぐるみをかぶった銀髪碧眼の少女、建速紗雨だった。
(それはもちろん、紗雨ちゃんに会えなくなることだ)
ただし、桃太がそうであるように、紗雨が素直に従うとは思えない。
相棒である五馬乂や、縁の深い三縞凛音もまた抜け道を作ることに全面協力してくれるだろう。
(どうしようもなくなったら、紗雨ちゃんに地球に来てもらうか、俺がクマ国に行けば良い)
地球日本の冒険者組合を束ねる獅子央孝恵も、クマ国代表のカムロも反対はすまい。
桃太は、これまでテロリストに堕ちた勇者パーティ三つを鎮め、八岐大蛇の首三つを打倒した。自身と紗雨の受け入れを、交渉で引き出せるだけの功績をあげた自負はある。
(じゃあ、俺に解決できないことってなんだ? それは、カムロさんが八岐大蛇を討伐する以上、俺を助けてくれた賈南さんとファフ兄を殺めてしまう可能性が高いこと。更には、三つの世界の交流を断った時、地球が滅びかねないことだ)
あとがき
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