第493話 不穏な未来
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西暦二〇X二年八月一七日午前。
額に十字傷を刻まれた少年、出雲桃太は、牛頭を模した仮面をかぶるクマ国の代表カムロと会談し、彼の最終目的を知った。
『クマ国の守護霊であるカムロの消滅と引き換えに、諸悪の根源、八岐大蛇を滅ぼし、重なり合った地球、異世界クマ国、異界迷宮カクリヨという三つの世界を永久分離する』
自己犠牲と言えば聞こえは良いが――、見方を変えれば、彼の死をトリガーに三世界が五〇年以上積み上げてきた全てをリセットすることだ。
『桃太君、これから大変だと思うけど、カムロのこともよろしくね』
桃太は、八岐大蛇・第七の首、吸血竜ドラゴンヴァンプ退治に協力してくれた、おばちゃん幽霊の言葉を思い出し、震える手で文机に置かれた茶碗をつかみ、乾き切った喉に水分を流し込む。
カミムスビ――クマ国創世の女神とされる彼女は、あの時点で桃太とカムロの求める道が異なることに勘付いていたのかもしれない。
「そもそも地球諸国は、我々が何度公表を訴えてもクマ国の存在を隠し通そうとしただろう?」
そんな桃太の葛藤を知ってか知らずか、相対する彼の師、異世界クマ国代表カムロの顔は仮面に隠れて見えないが、彼の声色は機械でも使っているのかと疑いたいほどに冷静だ。
「それは、そうです」
桃太は過去にカムロと並んで一〇〇インチテレビの前に立ち、日本政府外交官の奥羽以遠と交わしたリモート会議を思い出した。
カムロとクマ国は、両世界の友好を重んじ、あの時点までは地球側の無理難題にも鷹揚に付き合っていた。
しかし、交流の活発化にともなって、地球側の来訪者がもたらす負の影響を無視できなくなり、度重なる迷惑行動・文化破壊活動を受けて、遂には堪忍袋の緒が切れたのだろう。
「ならば、もうそれでいい。地球に迷惑をかけるオウモと〝前進同盟〟の存在はこちらでケリをつけるし、八岐大蛇は僕が命をかけても仕留めよう。その上で、地球、クマ国、異界迷宮カクリヨが二度ど交わらないよう完全に分離すれば、ベストではないにせよベターな未来が得られるんじゃないかな」
「だから、安易に死ぬなんて言わないでくださいっ」
桃太が頭の中でぐるんぐるん思考を巡らせるのを知ってか知らずか、カムロは平然と言ってのけた。
「おいおい僕は幽霊なんだから、もう死んでいるようなものだよ」
「カムロさんは、今、俺の目の前に存在しています。それは生きているのと変わらない!」
ジョークまで交え始めたが、まったく笑えたものではない。
(落ち着け。たとえカムロさんであっても気圧されるな。ひとつひとつ検証して、なんとか活路を見出すんだ)
あとがき
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