第489話 クマ国の過去
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「地球が五〇年以上前に異界迷宮カクリヨと繋がった時は、東西二陣営に別れていて、だから陸地の半分を奪われたんです。世界唯一の国家だったはずのクマ国が、どうしてあっさり敗れたんですか?」
「それだけ地球の方が成熟していた。あるいは、争っていたこそ、平和ボケしていたクマ国よりもずっと危機意識が高く、戦争への備えがあった」
額に十字傷を刻まれた少年、出雲桃太がくってかかるように問いかけると、牛に似た仮面をかぶる異世界クマ国の代表、カムロはあっさりと答えた。
「そ、それは……」
桃太は否定できない。
かつての地球は、あるいは今の地球も、世界を滅ぼす核兵器を互いに向け合っている。
「桃太君は日本の江戸幕府を知っているかい? その統治内容に是非はあれど、約二五〇年にわたり、泰平の世を維持した偉大な武家政権だ。その滅亡のきっかけになったのは何だと思う?」
地震や火山噴火といった、天変地異や度重なる飢饉。
武家という支配階級の腐敗と、封建制度という統治機構の限界。
様々な要因はあれど、……こと江戸幕府で象徴的なのは、鎖国から開国へ至る大事件だろう。
「たぶん、黒船来航です」
「学者や専門家によって解答は異なるだろうが……、僕もそう思うよ。黒船来航をきっかけに、日本は身内だけではなく外敵となりうる存在を知った。そして、当時地球を席巻していた帝国主義時代の荒波という危機を知覚し、耐えられるように乗り越えられるように――〝国を創り変える必要に迫られた〟」
それは坂の上の雲を目指して走り続ける、新たな苦闘の始まりだったかもしれないが、ともあれ日本国は西洋諸国の植民地化を免れた。
では、もしも、そこで戦うことを選べなかったら、どうなっただろうか?
「一千年の間、戦争を放棄して平和に慣れきった我が国にも似たようなことが起こったのさ。残念なことに、クマ国に再侵攻した八岐大蛇は、日本に開国を求めたマシュー・ペリーほどには話の通じる相手ではなかった」
カムロは、牛に似た仮面の奥の瞳を、怒りからかホオズキのように赤く光らせた。
「八岐大蛇が率いる鬼の軍勢は、約定破りに罠に騙し討ち、ありとあらゆる悪逆無道を行って屍の山と血の川を築き上げた。純粋無垢と言えば聞こえは良いが、騙す側からすれば情報リテラシーが欠如した獲物に他ならない。クマ国の民は綺麗なものばかりを見てきたから、悪意に脆かったんだ」
「そ、そんなことはっ」
「あるだろう。僕も代表に就いてから危機意識を改善しようと頑張ったんだが、三つ子の魂百までというか、クマ国民はどうにもお人よしでね。防諜部隊すらも業夢の奸計に容易く騙されてしまったのは、さすがにいただけない。そして百年前は、もっと危なっかしかったんだよ……」
あとがき
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