第488話 平和と衝突
488
「桃太君、きっかけは討論でも殴り合いでも構わない。相互理解が成立するならそれでよし、譲歩し合える部分は譲歩しあうことで関係は深まる。……それでも、それでも相入れないのなら距離をとるしかないがね」
額に十字傷を刻まれた少年、出雲桃太は、異世界クマ国の代表カムロが、牛に似た仮面の奥から発した言葉に衝撃を受けた。
(きっかけは討論でも殴り合いでも構わないって、ずいぶん過激なことを言う。カムロさんは以前、クマ国と地球の交流に積極的だったのに、今ではまるで関係を終わらせたがっているように聴こえる)
カムロは、黒染めの紋付袴を身につけた上体を一切揺るがすことなく、桃太の師匠として弟子を教え諭すように続けた。
「僕は、争いのすべてを肯定するわけではないが、意見の衝突が新しい価値観を生むこともあるし、生存力が増すこともあると思っている」
「衝突することで、生存力が増すんですか?」
桃太にはやはり、カムロの胸の内が、紡がれた言葉の意味がよくわからなかった。
「桃太君、かつてクマ国は争いの少ない国だった。それは、今ではカミムスビと呼ばれる創世の女神が、民衆に戦争の危険性と虚しさを徹底して教え込んだからだ」
「それって、いいことじゃないですか。カムロさん、俺は争うより平和の方がずっと好きだ」
桃太はこの二年間戦った。戦い続けたからこそ、かつての平穏が愛おしくてたまらない。
「ああ、桃太君が言ったようにいいことだとも。
八岐大蛇との戦いで〝鬼の力〟の呪いが残り、機械文明こそ発達しなかったが、外敵がいない揺籠の中で、鬼術を中心にした独自の技術と文化を構築し、平穏を謳歌した。
地球人類とは肉体や精神が違うといえ、クマ国の民草が一千年もの間、争乱のない世界を維持したことを僕も誇らしく思う」
カムロは胸を張った後、牛の仮面を傾ける。
しかし、次の瞬間、彼の黒い瞳が一瞬赤く輝いて見えた。
(え、なんだ。見間違いか?)
桃太は、〝赤く輝く瞳〟が〝鬼の力〟が暴走した際に見られる現象だと知っていたため、背筋から冷たい汗を流した。
「そうして平和を維持した結果……。
およそ一世紀前、クマ国は八岐大蛇という外敵の襲撃を受け、交渉しようとした当時の里長達は皆殺しにされ、国土の九割を奪われたよ。争いを避け続けたがために、ね」
「な、なんで、ですか!?」
桃太も、クマ国がかつて八岐大蛇に襲われて、致命的な被害を被ったことは、相棒の金髪少年、五馬乂や、カムロの養女である銀髪碧眼の少女、建速紗雨から聞いていた。
しかし、その理由が争いを避け続けた結果だと、槍玉に挙げられる理由がわからなかった。
「地球が五〇年以上前に異界迷宮カクリヨと繋がった時は、東西二陣営に別れていて、だから陸地の半分を奪われたんです。世界唯一の国家だったはずのクマ国が、どうしてあっさり敗れたんですか?」
あとがき
お読みいただきありがとうございました。
ブックマークや励ましのコメント、お星様、いいねボタンなど、お気軽にいただけると幸いです(⌒▽⌒)