第487話 前進か、停滞か?
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「まあ我が国、クマ国が異世界間ゲートを封鎖し、骨格調査や指紋認証をはじめとする鬼術調査を導入、入国審査を強化したことで、自称活動家どもは針の筵となり、それぞれの国で報いを受けているようだがね」
牛に似た仮面を被る異世界クマ国の代表カムロの言葉に、額に十字傷を刻まれた少年、出雲桃太は深く頷いた。
「クマ国の方針は正しいです。地球とクマ国は異界迷宮カクリヨを探索するために協力しているのに……。個人の勝手な妄念で、両国の関係をぐちゃぐちゃにしようだなんて、いったい何を考えているのか」
桃太は、環境活動家を自称する悪党達が使った部屋並の容量を誇る内部空間捜査鞄が、元はクマ国の反政府組織、〝前進同盟〟で開発されたものであることを思い出し、背中に冷たい汗を感じた。
(そりゃあ、カムロさんがオウモさんを怒るのも当然だ)
されど、桃太の認識はまだまだ甘かった。希少な高級品を、ただの一般人が使えるはずがないのだ。
「桃太君の言うように、活動家が個人であれば良かったのだがね。なんらかの意図を持つ政治集団、下手をすれば国家が関わっている。これは、桃太君が運んでくれた親書に別添されていた資料だ」
カムロが見せてくれたレポートは大半が英語などの外国語だったが、桃太も知る日本政府の外交官、奥羽以遠がところどころ日本語で註釈を入れてくれたことで、辛くも把握できた。
「嘘だろ。活動家のほとんどが各国の政党と繋がりがある。だから内部空間操作鞄なんて持ち込めたのか。これ、地球って思っていた以上にマズいんじゃ……」
「そうだね。〝鬼の力〟の悪影響だろうが、国連の内部職員にまで怪しい活動家が多数入り込んでいるのは最悪だ。てんやわんやの大掃除が始まったものの、特に欧州は利害関係も複雑で炎上中。鎮火の目処も立っていないそうだ。早々にクマ国と条約を結んで犯人を引き渡してもらいたいものだが、この調子ではいったいいつになることやら」
「以遠さんは、よくこんなに沢山のことを調べられたなあ」
桃太の疑問に対し、カムロはひょいと肩をすくめた。
「そりゃあ……。以遠がレポートを寄越した真意は、〝日本は信頼できますよ。だから、入国審査の厳重化や国境ゲートを閉ざすのはやめて、他の国より有利な条約を結びましょうよ〟というアピールだからね」
「ええーっ」
カムロは桃太の驚く顔が愉快だったのか、張り詰めていた視線をわずかに緩めた。
「そういうわけで、クマ国と地球の関係は一時期に比べれば前進中だ」
「前進しているんですか? むしろトラブル続出で停滞しているじゃないですか?」
桃太はカムロの言葉に驚いて、大きく口を開けた。
クマ国の反政府団体〝前進同盟〟は地球の反社組織に金と武器をばらまき、地球の自称活動家が身勝手な妄念からクマ国で暴れ回る。
現在の状況は事故まみれで、およそ順調とは言えないではないか?
「桃太君。トラブルで両世界の違いを知ることも、前進のうちさ。意見の異なる相手と議論して、新しい発見をしたり、新しい見識を得たりすることは誰にだってあるだろう?」
「それは、はい。俺も紗雨ちゃんや乂と話すことで、いろんなことを覚えることができました」
桃太は頷きつつも、そっと拳を握りしめた。
建設的な話し合いであれば、互いに得るモノもあるだろう。
今、地球とクマ国で起こっていることは、とてもそうとは思えない。
「桃太君、きっかけは討論でも殴り合いでも構わない。相互理解が成立するならそれでよし、譲歩し合える部分は譲歩しあうことで関係は深まる。……それでも、それでも相入れないのなら距離をとるしかないがね」
あとがき
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