第473話 水泳鍛錬
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「わーい、あたたかい」
「ぬくぬくだねーっ」
西暦二〇X二年一四日の午前。
額に十字傷を刻まれた少年、出雲桃太ら冒険者パーティ〝W・A〟一行は、地球日本からの使者として訪れた異世界クマ国の旅館で、川の中にある温泉を楽しんでいた。
「今のところ、拘留中の元勇者パーティ〝K・A・N〟の皆様も大人しくしていますし、問題児だったのは伊吹様だけ。お客様が溺れる心配もなさそうです」
クマ国の治安を守る防諜部隊ヤタガラスの一員であり、来客の護衛とレスキュー担当を兼ねる前髪の長い鴉天狗、葉桜千隼は、桃太達がはしゃぐ光景を、鉄格子つきテントのそばでにこやかに見守っていた。
「ふん。たとえ研修生であっても異界迷宮カクリヨというダンジョンを探索する以上、ほぼ全員が水練に長じているからな。だが」
一方、お尻が丸見えのTバックとトップレス寸前の横ヒモ水着を着たことで……、公然わいせつ罪の容疑に問われた伊吹賈南は、全身を覆う丈の長いワンピースタイプの水着に着替えさせられていた。
「妾が知る限り、水練の機会を与えられなかった者が二人がいる。そら、並んで入浴していた出雲桃太達が動き出すぞ」
賈南は悠々自適とばかり、檻の中に作られた温泉で手足を伸ばしながら静かにしていたが、次のトラブルに勘付いたらしく、ニヤリとほくそ笑んだ。
「コケーっ。執事さん、身体も十分に温まりましたし、水泳を教えて欲しいのですわ」
赤い髪を二つのお団子状にまとめ、濃紺のスクール水着を身につけた六辻詠は、並んで川湯につかっていた桃太の手をとって、水練をお願いした。
彼女は、親戚である元勇者パーティ〝SAINTS〟の実力者、六辻剛浚の陰謀で屋敷に軟禁され、外へ出してもらえなかったため、スポーツ全般が不得手なのだ。
「桃太お兄様。うちも教えて欲しいです」
詠の隣で入浴していた呉陸羽。
山吹色の髪をツインテールに結び、オレンジ色のフリルがついたクリーム色のビキニを着た最年少の少女もまた、テロリスト団体〝S・E・I 〟で対桃太用の鉄砲玉、暗殺者としての訓練だけを施されたことから、水泳に自信がなかった。
「よし、詠さん、リウちゃん、俺に任せて。紗雨ちゃん、ちょっと行ってくるね」
「サメメ!?」
だからこそ詠と陸羽は、想いを寄せる桃太に泳ぎ方を教えてもらおうと頼み込み、彼を連れ出すことに成功する。
「じゃあ、まず詠さんから。顔を水につけるところから始めようか」
「こ、コケっ!? こ、怖いですわ。執事さん、手を握ってくれますか?」
「執事じゃないけど、いいよ」
桃太が詠の手を取ると、詠はおそるおそる顔を水につける。
「コケー!」
「どうしたの?」
詠はよほどに驚いたのか、スクール水着でしめつけてなお大きな胸を揺らしながら、桃太の手を強く握った。
「直接顔をつけると、水、いえ、お湯がいつもと違う匂いがして、びっくりしましたの」
「温泉だから、硫黄の匂いがするのかな? ゆっくりでいいから慣れていこうね」
あとがき
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