第455話 カムロと女神の祈り
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「……カムロは覚えているかな? 一千年前に、クマ国の前世界を滅ぼすキッカケになったのは、八岐大蛇が干渉して作り上げた〝鬼の力が宿った機械〟だったでしょう? それを〝巫の力〟を持っていた私がぶんどって連中を痛い目にあわせたわけだけど、そのせいで〝鬼の力を持つ機械〟は〝巫の力〟が干渉しようとすると、自爆するんじゃないかなあ」
牛の仮面をかぶった幽霊カムロは、白金の髪と赤青のオッドアイを持つクマ国の女神のおばちゃん幽霊の推測に頷いた。
「確かにスサノオの記憶によると、キミが当時持っていた〝巫の力〟は――生と死、輪廻転生に干渉する――〝常世女神の力〟だったか。なるほど死をばら撒く機械を奪えたわけだ……」
カムロは自らが受け継いだ情報を確認しつつ、背筋がヒヤリとした。
女神となってしまった幽霊も、元は桃太と同じ〝巫の力〟の使い手だが、その能力は凄まじい。
「それにしても、のほほん女神は、よく〝常世女神の力〟を善行に使ったなあ。桃太君が持つ自身と仲間の力を引き出す〝縁の力〟と比較しても隔絶していて、なんかこう物語のラスボスを張りそうな能力だ」
「えへへ、スサノオや多くの人に助けられたからだよ」
カムロには、スサノオという他人の記憶しかないが、滅ぶ間際の世界でも、頑張ったお人よし達がいたのだろう。
「しかし、そういった過去の事情を鑑みるに……。
八岐大蛇がかけた呪いのせいで、いまだにクマ国で精密機械が動かせないのは、我々に〝滅びの機械を再現させない〟ための策のひとつという可能性があるな。
紗雨は例外として、桃太君が乂と一緒に変身している時だけ〝鬼の機械が使える〟のは、おおかた短剣の中にいるファフニールが手を加えているんだろう。
やはり引退する前に、あのクソヘビどもは殲滅しておきたい」
カムロがこぼす棘のある述懐に、女幽霊は一瞬だけ沈黙した。
「ごめんね。為政者って、考えることいっぱいで大変だね……」
「なに、今の仕事が終われば平和になるから、僕も休みをとるさ」
カムロは牛仮面の下で、唇を歪める。
半世紀以上続いた残業は終わる。
必ず終わらせる。
「だが地球日本では、獅子央孝恵から冒険者組合代表の座を奪おうと、八岐大蛇の首らしき八闇越斗が牙をとぎ――。
オウモが積極的に外で活動する〝前進同盟〟も、内部では地球亡国の民であるビンランやリノーが過激派を束ねてうごめいている――。
クマ国でも、いずれ桃太君が、そうでなくとも乂か紗雨が、クマ国を閉ざそうとする僕と戦うことを選ぶだろう」
「……!?」
カムロは、自身やオウモのやり方では解決できないのだと、既に気づいていた。
「その時は、迷わず桃太君達の側についてくれ。キミが太陽の鏡につけた分霊があれば、僕を倒すことだって叶うはずだ」
カムロは、そこで一切手を抜こうと思わないあたり、自分もまた度し難いと自嘲した。
「カムロ。辛いなら、もう舞台から降りてもいいんだよ」
「中座なんて役者のやることじゃない。たとえ偽物でも、僕はスサノオの役を演じぬく」
「ごめんね。一千年たっても貴方に、スサノオに頼っている」
カムロは泣きそうな女神の肩を抱き寄せて、白金の髪をすいて頭を撫でた。
「おいおい、なにをごっちゃにしているんだ。僕はただ、スサノオの記憶を引き継いだ亡霊さ。だが、これまで桃太君達を見てきた大人として、彼らが幸いを掴むことを願っている」
「大丈夫、しんじてあげて。桃太君と、乂くん、さあめ……スセリちゃん。貴方が育てた子達なら、きっと成し遂げられるから」
そう彼に願う女神は、齢一〇〇〇年を越えてなお、まるで幼子のようだった。
「酒でも飲むかい? 実体を得られる機会は、そう多くないんだろう?」
「うん。世界とひとつになってしまったわたしにできることは、ただ子供達を見守って、時に抱きしめることだけ。だから祈るんだ。カムロ、どうか貴方にも幸いがありますように」
あとがき
お読みいただきありがとうございました。
明日、六月九日に登場人物紹介を投稿した後、お休みをいただき……。
六月一四日より連載を再開します。
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