第42話 剣鬼と魔女
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英雄、獅子央焔を絶対視するがあまり、弘農楊駿の如き無能にしてやられた……。
鷹舟俊忠は、憎き獅子央賈南の言い分に反論できなかった。
五馬乂が見抜いた、代表カムロへの依存というクマ国と同じ問題を、一〇年前の冒険者組合もまた抱えていたのだ。
「そうだ。俺サマも、誰も彼も、あの方が亡くなるなんて想像もしなかった。だから、焔様の年若い後妻、弘農楊子の父だった弘農楊駿が、〝焔様に死後を託された〟なんて偽の遺言書を見せびらかした時に、信じ込んでしまった」
「楊駿もよくやったものよ。口から出まかせの嘘八百で冒険者組合の頂点に昇り詰めたばかりか、〝勇者党〟という政党をでっちあげ、日本国の政権奪取にまで成功したのだから」
賈南が笑いながら金棒を振り回すや、鷹舟は刀で受け止めきれずに吹き飛ばされた。
「だが、楊駿も奴の集めた議員も国内外の混乱をあおりたてるばかりで、一切の政治能力を持たない素人集団だった!」
鷹舟は後方回転しながら受け身を取り、賈南の金棒と鍔迫り合いになったが、義腕が悲鳴をあげる。
「そうよなあ、特に目立ったのは安全の軽視よ。自らの親族や票田を肥やすため、偏った手当を配布し、代償として必要予算を削減した結果……、天災の被害は拡大し、家畜に病疫が広がり、交通網の維持整備計画も破綻、株価は底値で破産者と自殺者が相次ぎ、異界迷宮では怪物に押し込まれ、そして〝鬼の力〟の研究も途絶した。まさに絵に描いたような無能。だが、お前たちは奴を選挙で倒したのだから、良かったではないか?」
悪びれもせずに笑う賈南を前に、鷹舟は息を整えて距離をとった。もはや大技で仕留めるしかない。
「黙れ。楊駿の政権は二年ともたず、奴は行方不明、勇者党も崩壊したが……。今の与党が予算を戻しても、一度やめた研究者は戻らない。そこまで計算尽くだったのだろう。奴の背を押した真犯人、魔女はお前だ! 俺サマの〝鬼神具〟、〝茨木童子の腕〟の力を見せてやる!」
「舞台登場 役名宣言――〝剣鬼〟! 我が忠義の刃、その身に刻め!」
鷹舟俊忠の瞳が、熟れたホオズキのように赤く染まり、灰色のざんばら髪が逆立つ。
熟練の剣士は、立ち昇る闘気を〝鬼面〟に変えて被り、両足を獣の如く異形化させて、機械仕掛けの両腕をミシミシと鳴らしながら斬り込んだ。
「鬼剣・〝七夜太刀〟!」
鷹舟は、人間の限界を越える高速の斬撃を七度繰り出して、巨大な金棒を断ち割り、獅子央賈南の華奢な肉体を切り裂いた。
「我が必殺剣は〝鬼の力〟をも喰らう。これで冒険者組合を握るのは、凛音と俺サマだあっ!」
「この期に及んで力任せとは、つまらんなあ」
獅子央賈南は刀で腹を裂かれ、内臓の代わりに赤い霧と黒い雪をこぼし、鷹舟の刀に吸い取られながらも、期待外れとばかりにため息を吐いた。
「妾を真犯人と呼ぶならば、せめてここまで掴めよ」
「なんだと!?」
賈南は壊れた金棒を投げつけ、寝室奥に吊られていたカーテンを破り捨てた。
そこには、二人の男女が抱き合う石像が飾られていた。
「この石細工がなんだって言うんだ。まさか!?」
角や鱗が生えるなど半ば鬼に変化していたが、鷹舟が見間違えるはずもない。
弘農楊駿と弘農楊子。一度は日本国を支配した親子は抱擁を交わすのではなく、互いの肉と臓腑に喰らいつきながら、石化していたのだ。
あとがき
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