第432話 ムラサマの居場所
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「じゃあ、な」
「ええ、さよならでち」
日本人形めいたおかっぱ髪の少女ムラサマが鉄線を投げつけると、ドレッドロックスヘアにまとめた髪が特徴的な隻眼隻腕のオジサンは、彼女を慈しむように笑って受け入れた。
(あたちが眠った後のクマ国は、八岐大蛇が再来するまで一千年もの間、戦がなかった。……妖刀であるあたちが必要とされない平和な世になった。オジサンはそれを予想していたから、送り出してくれたんでちね)
雪の降る世界にひびがはいり、パリンパリンとガラスが破れるような音を立てながら砕けてゆく。
ムラサマは目を覚まし、自らを繭のように包み込み、エネルギーを喰らう鬼の存在を知覚した。
(模壁鬼……。標的に良い夢を見せて憑き殺す悪鬼。親しい相手を見せるという罠だったら残念でちね。なぜなら、本物のオジサンなら、今のあたちの鉄線なんて指先ひとつでふっとばしたからでち)
ムラサマが秘めた目標のひとつは、本気になった時のオジサンをも斬れる妖刀になることだ。
「いい夢をありがとう。おかえしに、あたちにできるサイコーの技をおみまいするでち!」
「GYAAAAAA!?」
ムラサマは己が手足のように鉄線を振るい、彼女達、冒険者パーティ〝G・C・H・O・〟を取り込んだ繭の連なりを、あたかも豆腐のようにスパスパと切り刻んだ。
「ば、バカな。記憶の迷宮から脱出することなどできないはず」
「壁の中で溶けて死ななきゃダメじゃないか!」
「GYAAA!!」
要塞地獄に籠るテロリスト達の悲鳴をきくに、やはり式鬼・模壁鬼の本体は、最初に出てきた腕ではなく、内部に繭が並ぶ壁だったのだろう。
壁の崩壊と共に、巨大な腕も水を吸ったダンボール紙のようにしわくちゃになって潰れた。
「あ、あれ? 父さんと母さんの夢を見ていたのか」
「トータ! どういうことだ。もっとやれるだろう。ゆ、夢、か?」
「「あ、あぶねえっ。居眠り運転で事故るところだった」」
そして、ムラサマが式鬼・模壁鬼を倒したことで、彼女の使い手である鉛色髪の巨漢青年、石貫満勒や黒騎士、バイク隊員達も失っていた意識を取り戻す。
「「「てめえらぶっ殺す」」」
「「「いやああああああ」」」
そして守りの要を失ったことで、敵城〝豹威館〟を守る第二の要衝〝要塞地獄〟は張子の虎も同然となり、あっさりと陥落した。
「ムラサマちゃんのおかげだ」
「テロリストどもめ、えげつない真似をしやがる。助かったぜ」
「「さすがはあねさん。どこまでも着いていきます!」」
ムラサマは黒騎士達の喝采をあびながら、満勒の広い背に小さな体を預けた。
「ねえ、満勒」
「どした、ムラサマ?」
「いつかきっもあたちは嫁にいくでち。でも、あたちと満勒、キョーダイの絆は永遠でちよ」
「おう、約束だ。指切りでもするか?」
ムラサマと満勒は小指を重ねる。
「「ゆーびきった」」
同時に宣言した瞬間。
『案外身近にいるかもね。なにせこのジョージが最も愛する嫁さんは、元は妹分だったんだ』
『その、のろけ話は耳にタコでちよ』
ムラサマの脳裏をオジサンと交わした言葉がよぎり、彼女は赤くなった頬をぷうと膨らませた。
「いけないいけない。道子さんから聞いて勉強したでち。あたちは、ハイクオリティでゴージャスな生活をおくり、イケメンでコウシンチョー、コウシューニューのオウジサマと結ばれるミナトクジョシをめざすんでち」
「お、おう。がんば、あれ? それはやめといた方がいいんじゃないか?」
「道子さんの言うことは話半分に聞いておけよ。ムラサマちゃんの望みと逆方向だぞ」
あとがき
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