第416話 桃太、クマ国へ
416
「乂。里を出てから、お前と、お前の持っているその短剣に、何か変化などなかったか?」
「心配し過ぎだ。なんもねーよ」
異世界クマ国の代表、カムロの問いかけに対し、赤茶けた短剣を腰に差した金髪の長身少年、五馬乂は、牛に似た仮面を正面から見据えて強がった。
「本当に、何もなかったのか?」
カムロは、一瞬悩むように短剣に視線を向けたが――。
「凛音ちゃんが手当したようだが、右腕を骨折して言う台詞じゃないだろう。おおかた大蛇の首と戦う際に、飛燕返しでも使ったか?」
すぐに乂の負傷を見抜いて馬上にのせ、自らもまた鞍にまたがった。
「チクショー。ジジイ、なんでわかったんだぜ!?」
「亡くなったお前の幼馴染、二河瑠衣がクマ国で飛燕返しの修行をしていた頃、よくそういった怪我をした。乂、接近戦を好むのはいいが、力任せで解決しようとするのはほどほどにしろ。技を正直に受けてくれる相手ばかりとは限らないぞ」
たとえば八岐大蛇のエージェントたる少女、伊吹賈南のように……という告発を、カムロは胸の内へ飲み込んだ。
「ダァム(いたた)……。でもよー」
武術の師であるカムロの指摘に、乂は拗ねるように視線を逸らして、自らがかけたプロレス技でダウンした相棒、出雲桃太を見た。
「そういうのは相棒がやってくれるから、いいんだよ」
「足りない部分を支えあうのは良いが、最初からもたれかかるのを前提としたコンビは、健全な関係といえるのか?」
この痛烈な指摘は、敗北を喫したばかりの乂にいたく刺さったらしい。
「う、それは、そうだよな」
「三日間、まずは体をやすめて怪我を癒やすといい。クマ国に踏み入った〝K・A・N〟の残党を捕まえたあとで、修行をみてやろう」
カムロの誘いに、乂はすねたようにそっぽを向いた。
「シャシャシャ。わかったよ。梅コースくらい、気合いで突破してやるぜ」
「それでは物足りないだろう」
「じゃあ、竹か? 相棒と同じ松か? まさか、冥土コースだけは勘弁してくれよ。それじゃあ、里帰りじゃなくて地獄めぐりだってのっ」
「さて、どうかな。まずは見本だ。転移門を開くぞ!」
「シャっ、ワッツアハプンっ(なんなんだいったい)。やってることがマッハ過ぎてわからないんだぜ」
カムロは乂を乗せたまま馬を走らせ、雷を大地に走らせて、次元の裂け目とでも言うべきワープゲートを作り出す。
「サメー、桃太おにーさん。クマ国へ出発進行サメエ」
「ああ、行こう。みんな、あそこはとても良いところだよ!」
桃太もまた、サメの着ぐるみを被った銀髪碧眼の少女、建速紗雨に手を引かれて起き上がり、走り出す。
「「よーし競争だ!」」
冒険者パーティ〝W・A〟はカムロと共にクマ国で最も古い里、クマの里へ向かった。学友の誰もがまだ見ぬ異世界クマ国に胸を躍らせ、笑顔でゲートに向かった。
「残念だ。八岐大蛇のエージェントとしては、日本とクマ国が仲良くするのは困るし……。なにより此処で戦闘となれば、まだ妾がコントロールできる余地があったのじゃが、な」
最後尾を走る、昆布のように艶のない黒髪の少女、伊吹賈南だけはモヤモヤとした不安を抱いていたが、彼女に出来ることといえば、自らの瞳に映った景色を動画として出力し、元夫である獅子央孝恵に送ることだけだった。
「今代の八岐大蛇の首も、既に半数近くが討たれた。追い詰められた他のエージェントが、妾が不在の間にどう動くことやら。次の戦場はクマ国か、それとも地球か。ダーリン、生き延びてくれよ」
あとがき
お読みいただきありがとうございました。
ブックマークや励ましのコメント、お星様、いいねボタンなど、お気軽にいただけると幸いです(⌒▽⌒)





