第406話 いまはひとときの休息を
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「ううん、俺だけじゃない。皆が力を貸してくれたから、ドラゴンヴァンプを倒せたんだ」
額に十字傷を刻まれた少年、出雲桃太は震える声で、取り戻した日常を噛み締めた。
「サメー」
「皆が無事で、こんなに嬉しいことはないよ」
桃太はサメの着ぐるみをかぶった銀髪碧眼の少女、建速紗雨を腕の中に抱き寄せ、背中には担任教師の矢上遥花の体温を感じながら、満面の笑みで快哉を叫んだ。
「戦勝祝いだ、踊ろうかっ」
「ダンスサメー♪」
「イェーイ!」
西暦二〇X二年八月一二日夜。
桃太を先頭に、冒険者パーティ〝W・A〟と、異世界クマ国の防諜部隊ヤタガラス隊は、異界迷宮カクリヨの第九階層〝木の子の谷〟で、盛大な焚き火を背にして、手に手をとって踊り始めた。
「……」
若者達が笑い合う平和な光景を、元勇者パーティ〝K・A・N〟の代表であり、自らの策謀の結果、吸血竜ドラゴンヴァンプに最も早く食われた男。七罪業夢はじっと見つめていた。
彼は手足を失っただけにとどまらず、どうやら発声能力すらも失ったのか、目をしばたたかせながら、口をパクパクと動かしている。
「ありがとう、か。親分、生きていて良かった」
「業夢様。死刑になる時はご一緒しますよ」
ドラゴンヴァンプが暴れに暴れた〝木の子の谷〟の一角は、ぺんぺん草ひとつ生えないほどにドラゴンブレスで薙ぎ払われたものの――。
桃太の活躍によって、業夢も彼の部下も、死を覚悟した全員が生き延びたのだ。
「親分のことは、俺と郅屋が面倒を見る」
「索井のいう通りです。我々は部隊長としてのケジメはつけないといけませんからね。交代で警戒する歩哨担当以外のメンバーは、自由に踊ってきてください」
一度はテロリスト団体にまで堕ちた〝K・A・N〟の団員達も、かがり火の元へ集いダンスに参加して、戦いは今度こそ終わった。
「フフフ。カムロのことだから、あの技もあらかじめ教えておいたのだろうが、思い出させたのは第五の首か? 酔狂なやつめ、推し活にもほどがある」
そして、桃太のクラスメイトであり、八岐大蛇のエージェントでもある、昆布のように艶の無い黒髪のスレンダー少女、伊吹賈南は、喧騒から離れてニマニマと影のある笑みを浮かべた。
「これで、また計画をひとつ前へ進める。出雲桃太よ、ついに妾達の天敵にまで上り詰めたか、よくやった!」
同じ頃、もう一人の八岐大蛇のエージェントであり、現役の〝鬼勇者〟でもある一〇〇の顔を持つ男、八闇越斗は、谷の隅で歯噛みしていた。
「生太刀ではなく、〝生弓矢・草薙〟だと? あんな技は、ぼくが集めた情報にはなかった。やり方は全く違う。アプローチも理念もまるで似ていない。しかし、まるで失われた竜殺しの技、初代スサノオの絶技じゃないか。なんでただの人間に再現できるんだっ」
八闇越斗は、八岐大蛇の首のひとつとして、己と同格だった第七の首、吸血竜ドラゴンヴァンプが、コピー二〇〇体と共に退治された現実を受け入れられなかった。
「ぼくの計画は完璧だったのに。潜んでいるはずの、第一の首と第五の首は何をやっていた? そうだっ、今からでも攻撃すれば……」
越斗が一歩を踏み出した瞬間、彼が服につけていたボタン、そう見せかけていた呪符が一斉に燃えあがる。
「ヨシノの里に潜ませていた警戒用の式鬼が全滅した? まずい。カムロが来る。だめだ、やつにはまだ勝てない。出雲桃太め、覚えていろよ。ぼくの作り上げた舞台を台無しにした罪は万死に値する。必ず殺してやるぞおお」
太陽が西の稜線に沈む頃、越斗は無様な捨て台詞を吐いて逃亡し、桃太の長かった一日は終わった。
あとがき
第五部完結です。
お読みいただきありがとうございました。
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第六部は四月二日から再開します。
お楽しみに!