第404話 太古の荒御魂
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「思い出した。たしか、おねえさんの役名は〝太古の荒御魂〟ですよね? なるほど迫力あるなあ」
額に十字傷を刻まれた少年、出雲桃太は、白金色の髪を一つ束に結わえて左目が赤く右目が青い女幽霊を見て……。
八岐大蛇のエージェントである学友、伊吹賈南が、このオッドアイを持つ巫女服を着た女性を、何と呼んでいたかを思い出した。
「えへへ。その〝役名〟はいまいち好いていないんだけど、いつの間にか広まっちゃったの。いつもはカミムスビって呼ばれて、もっとお淑やかなのよ?」
下着を身につけていないからだろうか、鞠のように揺れる着物の胸部が目に毒で、桃太は思わず生唾をのむ。
「桃太君。そのおばあさんは、一千年前に八岐大蛇と鬼の軍勢がクマ国へ侵攻した際に、第一波の眷属を一人で壊滅させた暴れん坊だぞ。お淑やかなはずがないだろう。……げふっ」
桃太は、〝太古の荒御魂〟と呼ばれる女性に頭を踏みつけられながらも、悪態をつくのをやめない、ファフ兄の懲りなさに唖然としつつ……。
彼と同じく八岐大蛇の首らしき伊吹賈南も、やたらこの人を恐れていたなあと思い返していた。
「タハハっ。一千歳の若づくりに踏まれたところで痛くもなんともない。むしろ見かけだけなら美人だからご褒美です。なんちゃってねっ」
「むーっ、もう怒ったぞ」
自称おばちゃん幽霊は、ファフ兄の度重なる暴言に向っ腹を立てたらしい。
「くらいなさい。これぞ、紗雨ちゃんが乂君と一緒に見ていた女子プロレスで学んだボストンクラブ!」
うつ伏せに倒れた金髪青年の両足を、白い巫女服の脇に抱えると、軽々と持ち上げて逆エビ固めを極めたではないか?
「ぎょえええっ。乂ってば、こんな危険な技を覚えさせるんじゃないよ。自分が受けるとは思わないのか。ギブっ、ギブアップ」
〝太古の荒御魂〟の異名に相応しいおばちゃん幽霊のダイナミックな絞め技は、元々ひょろいファフ兄にはことのほか効いたようで、悲鳴をあげて降伏した。
「ぷんぷんっ。あんまりひどいことを言うと、次は二つ折りにした後に、綿棒で伸ばしてお蕎麦に変えて、ずるずるって食べちゃうから」
「聞いたか、桃太君。外面こそ猫を被っているが、残虐ファイトもなんのそのというのが彼女の本性だ。八岐大蛇が〝太古の荒御魂〟と呼んで恐れるのも無理はないだろう!」
「ま、まあその辺にしようよ、ファフ兄さん。息があがってるよ」
おばちゃん幽霊はぐったりしたファフ兄を放置したまま桃太に歩み寄ると、慈愛に満ちた瞳で微笑み、頭を抱き寄せてよしよしと撫でた。
「桃太君、みんなを救ってくれてありがとうね。このニートも社会復帰を決めたみたいだし、これから大変だと思うけど、カムロのこともよろしくね」
「はい、俺頑張ります。ファフ兄さんをちゃんと更生させます!」
桃太は、おばちゃん幽霊に抱き寄せられて元気よく返事をしたが、はてと首を傾げた。
「おねえさん。俺、カムロさんの何をお願いされてるんですか?」
「それは……」





