第396話 カムロとファフ兄
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「いいえ、ファフ兄さん。八岐大蛇・第七の首、ドラゴンヴァンプは、俺がこの手で倒します」
『ああ、それが正解だ。竜を倒すのはいつだって人間だ。蛇の誘いをよくぞ断った』
額に十字傷を刻まれた少年、出雲桃太が申し出を断ったにも関わらず、彼が握る黄金色に輝く短剣に宿る意思――八岐大蛇・第五の首、隠遁竜ファフニールはなぜか嬉しそうだった。
(俺には〝巫の力〟がなんなのかはわからない。けれど、亡くなった伏胤や啓介さんのように、欲望に呑まれた黒山や業夢さんのように、〝鬼の力〟にすがってしまったら、それはもう対等な関係とはいえない)
八岐大蛇のエージェントたる獅子央賈南は、かつて桃太に尋ねた。お前は何のために戦うのかと。
(あの時はまだわからなかったけど、なんとなく見えてきた。俺の出す答えは、きっとカムロさんとは違う)
だが、それでいい。それがいいのだ。
「ファフ兄さん。俺は、人間のまま、人間として〝鬼の力〟と向き合おうと思います」
桃太は迷いを振り切り、断言した。
『……桃太君の答えを聞いて、正直ほっとしたよ。短剣の中から、めったに外へ出られないって言っただろう? 実はボクがおおっぴらに動くと、十中八九、カムロがすっ飛んできて殺されるんだ』
これで終わればいい話だったのに、桃太はファフ兄からひどいネタバラシをされた。
『異界迷宮カクリヨの第九階層〝木の子の谷〟とクマ国ヨシノの里は、人間や鴉天狗なら何日もかかる距離だが、カムロにとっては目と鼻の先だ。このピンチを乗り切っても、アイツに気取られたが最後、ボクにとっては絶体絶命のバッドエンドだった』
短剣から聞こえてくる声は、先ほどまでの真剣な声音と違い、えらくフランクだった。単にからかわれただけなのだろうか?
「そんな、あのカムロさんが俺たちの恩人を害したりしませんよ」
桃太は、師匠であるカムロの良識を信じていた。
彼は理由もなく暴力を振るう人柄ではないし、安易に人の命を奪うはずがない。
『そういう問題じゃないんだ。ボクが先代ファフニールの知識を持っているように、カムロも初代スサノオの記憶を知っているんだよ』
桃太は、ファフ兄が新たな情報をもたらしたことで、初めて出会った時、カムロが自己紹介した内容を脳裏に呼び起こした。
「そういえば、カムロさんも、自分がスサノオの代わりに呼び出された幽霊だと言っていました」
『そういうこと。そして当人ではなく、第三者だからこそ許せない罪がある。カムロの〝八岐大蛇・第五の首〟への印象は、親の仇よりもなお悪い。〝二代目〟であるボクのことも、〝複製体〟か何かだと認識しているから、仮に恩を売っても性質の悪い策略と判断することだろう。先代が積み重ねた前科が山ほどあるし』
「そ、そんなにあるんですか?」
桃太の問いに、ファフ兄はハリのない声で肯定した。
『我が父のような存在といえ、口に出すのもためらわれるくらい、悪逆非道の魔王っぷりだったからね。先代から〝役名〟を相続した以上、同一視されるのは仕方ないけれど、ボクまで絶許リストに入っているのは困ってしまうね。タハハ』
「わ、笑いごとじゃないんだけどなあ」
桃太は浅く息を吐きつつ、自分たちを取り巻く吸血竜ドラゴンヴァンプの群れを見渡した。
「さあて、首をはねても心臓を穿っても駄目。〝忍者〟にも〝行者〟にも変身できない。おまけに相手は二〇〇体ときた。いったいどうやって紗雨ちゃん達を救出するか?」
あとがき
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