第395話 桃太の選択
395
「桃太くん、しっかりしてください。お姉さんはまだ諦めていません。呉陸喜くんのように、貴方を皆を、失うのはイヤです」
額に十字傷を刻まれた少年、出雲桃太は、恩師である矢上遥花の声に、竜への変生を押し留められた。
(遥花先生……)
そう。ここに至るまでの桃太の戦いの始まりにいたのは、二〇〇体にも及ぶ翼の生えた爬虫類の怪物。吸血竜ドラゴンヴァンプの足の狭間で、栗色の髪を振り乱しながら手を伸ばしている彼女だった。
(リッキー……)
桃太は、三縞凛音が率いた勇者パーティ〝C・H・O〟をテロリスト団体へと変えた悪漢、黒山犬斗が撃った弾丸から自身を庇い、命を落とした親友、呉陸喜のことを偲ぶ。
『私は学級委員長だ。婦女暴行もイジメも許さん。これのどこが〝勇者パーティ〟のやることだ!』
もしも桃太が竜に変じようとするのを見たら、陸喜はどうするだろうか?
「出雲桃太、何を惚けている。今、矢上遥花と共にそっちに向かっている。もう少しで合流できるから、後少し踏ん張れ!」
そして遥花と共に竜の魔手を掻い潜る、ドラゴンへの変貌をまぬがれたもう一人。
昆布のように艶のない黒髪の少女、伊吹賈南が励ますように声をあげている。
(そういえば、賈南さんは八岐大蛇のエージェントじゃなかったっけ? まだ俺たちに力を貸してくれるのか?)
獅子央賈南を名乗っていた頃の彼女は、七罪業夢ら冒険者組合の重鎮を相手に手練手管を尽くして圧倒し、〝鬼の力〟を広めていたらしい。
彼女がダンスや音楽といった対抗策の研究を阻んだ結果、〝鬼の力〟の悪影響が日本国中に蔓延して、三縞凛音は改革を決意するに至ったのだ。
『ワタシは間違えた。だから、出雲君はどうか忘れないで。投げ出さずに、誰を信じていいのか、何をすればいいのか、ちゃんと考えて』
そんな凛音の理想は正しかったが、部下に迎えた黒山犬斗の野心によって大きく歪められ、民間人をも巻き込むクーデターへと変貌した。彼女は桃太へ何と忠告しただろうか?
『桃太君、この後も、私のように〝鬼の力〟に狂う者がいるはずだ。どうか、どうか気をつけてくれ』
〝鬼の力〟に飲まれ、暴虐の限りを尽くした四鳴啓介は、桃太に何と言い遺してこの世を去っただろうか?
(俺は――)
そんな桃太の迷いを感じ取ったのか、彼が握る短剣に封じられた、八岐大蛇・第五の首、隠遁竜ファフニールが声をあげた。
『桃太君、何を迷っているんだい? 矢上遥花と伊吹賈南だっていつ命を落とすかわからないんだ。決断するなら早い方がいい。強い力を手にしても、間に合わなかったでは意味がない』
「ファフ兄さん……」
ファフニールの忠告はきっと正しい。
異界迷宮カクリヨでは〝鬼の力〟の強さが明暗を分ける。でも、本当にそうだろうか?
(ああ、吸血竜ドラゴンヴァンプに成り果てた七罪業夢さんが、どこで道を誤ったか理解できた)
力を望むことは、きっと正しい。
けれども、どんな手段でも良いと思考を停止しては、誤った先達のように望む未来へたどり着けない。
『〝鬼の力〟がないキミだからこそ持つ、特別な才能があるはずだ』
桃太は、牛に似た仮面をかぶる師匠、カムロが修行をつけてくれたことを思い出した。
『相棒』
『桃太おにいさん』
桃太は、元勇者パーティ〝C・H・O〟を追放されて以来、共に戦ってきた相棒の五馬乂を、大切な建速紗雨の顔を心に刻みつけた。
「いいえ、ファフ兄さん。八岐大蛇・第七の首、ドラゴンヴァンプは、俺がこの手で倒します」
『ああ、それが正解だ。竜を倒すのはいつだって人間だ。蛇の誘いをよくぞ断った』
あとがき
お読みいただきありがとうございました。
ブックマークや励ましのコメント、お星様、いいねボタンなど、お気軽にいただけると幸いです(⌒▽⌒)