第394話 蛇の誘い
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『桃太君、もしもキミが人間をやめる覚悟があるのなら、ボクは〝力半分〟ではなく〝本気で〟手を貸そう』
額に十字傷を刻まれた少年、出雲桃太は、自らが握る黄金色に輝く短剣に宿る意思、八岐大蛇・第五の首である隠遁竜ファフニールの言葉に困惑した。
「ファフ兄さん。それってどういう意味ですか?」
『言葉通りだとも。桃太君、キミは力が欲しいかい? 世界すら自由にできるほどのドラゴンの力を望むかい?』
桃太は、ファフ兄の声音が低く剣呑なものに聞こえて、生唾を飲み込んだ。
(ファフ兄さん自身が言っていた。乂の短剣は、強すぎてクマ国から門外不出となった危険な〝鬼神具〟だと)
桃太も、相棒である五馬乂も、短剣の力を完全には引き出せていない。
ファフ兄の主張を信じるならば、〝鬼の力〟の悪影響が二人に及ばないよう、彼が蛇口を絞る――出力を制限しているからだ。
事実、これまで短剣は、桃太の衝撃波や、乂の風技をサポートすることはあっても、〝他の鬼神具〟のように〝独自の強み〟は何も発揮していない。
(その制限を取っ払えば、黒山や啓介さんみたいに、人間をやめることになるのか?)
勘違いオタクファッションに身を包んだ隠遁竜ファフニールは、出会った当初から〝力半分〟だと言い張っていた。
今のスタンスをやめて〝本気で〟手を貸すというのだ。どんな代償を支払うことになるのか、冷たい汗が背中を伝う。
「GAAAAAA!!」
桃太は、ドラゴンヴァンプ二〇〇体がゲル状の血を水柱のように繰り出したり、風をまとって切りつけてくる爪を、短剣でさばきながら……浅い呼吸を繰り返した。
朝から休憩無しの連戦だ。手から力が抜け、足もずきずきと痛む。
「く、そ」
仲間達は皆、ドラゴンヴァンプに取り込まれた。
(ドラゴンヴァンプの攻撃に、見たことのある技が混じり始めた。乂や紗雨ちゃんの技を学んでいるのか)
もはや勝敗は決し、盤面は〝詰み〟に等しい。
このままでは自分も遠からず、吸血竜の一体となるだろう。
「ファフ兄さん、念の為にお聞きします。その提案を受ければ、紗雨ちゃんや乂は、助かるんですね?」
『ああ、約束しよう。地球のギリシャ物語に存在する〝機械仕掛けの神〟のように、もつれ合った悲劇の糸を断ち切ろう。〝たった今、この場にいる誰も彼も〟を、八岐大蛇の力で救済しよう』
ファフ兄の柔らかな言葉は、あたかも聖人のように、天使のように、あるいは悪魔のように、桃太の耳朶に甘く響いた。
『何も恐れることはない。ただキミが強くなるだけだ。理不尽な力で思うがままに理不尽を塗りつぶすといい。〝鬼の力〟の汚染を飲み込む以上、そうなったら人間ではいられないけれど、この時、この場所では取るに足らないことだろう?』
そうだ。選択肢は既にない。
他に手段がない以上、たとえ未来に破滅をもたらす〝呪いの指輪〟や〝ラインの黄金〟であったとしても、掴まないわけにはいかない。
(ああ、俺は弱い。理不尽に抗うには理不尽になるしかないじゃないか)
そう結論づけようとして――。
「桃太くん、しっかりしてください。お姉さんはまだ諦めていません。呉陸喜くんのように、貴方を皆を、失うのはイヤです」
桃太は、恩師である矢上遥花の声に、竜への変生を押し留められた。
あとがき
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