第393話 死地、一対二〇〇
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「なんでだよ。確かに倒したのに、紗雨ちゃん達を飲み込んで分身するだなんて、いくらなんでもおかしいだろう」
額に十字傷を刻まれた少年、出雲桃太は、ほんの一瞬前に吸血竜ドラゴンヴァンプの首と心臓もろとも上半身を吹き飛ばし、致命傷を与えたのだ。
しかし、核となった七罪業夢を救い出す寸前、全長五メートルの爬虫類はゲル状の血液となって飛び散り、彼の仲間を取り込んで約二〇〇体に増殖したのだ。
『自爆に見せかけた緊急避難までは元々の機能だったのかな。そこに、〝血を吸われた者は吸血鬼になる〟という、地球の吸血鬼伝承を応用したことで、増殖した。このままの速度で成長すれば、やがては世界のありとあらゆるものを喰らうことだろう。ドラゴンヴァンプめ、八岐大蛇・第七の首という称号は伊達ではないね』
桃太の握る短剣に宿る意思、八岐大蛇・第五の首、隠遁竜ファフニールこと、ファフ兄もこの状況に言葉の音程が低くなる。
「伊吹さん、貴女はこうなると知っていたのですか?」
「無茶言うなっ。こんな効果だなんてさすがに読めん!」
また、もう一人の八岐大蛇のエージェントたる昆布髪の少女、伊吹賈南と、彼女が巻き添えに離脱させた担任教師の矢上遥花も、二〇〇体に及ぶ竜の軍勢を前にして、大地に膝をついた。
『ボクの知る一千年前の亜種を鑑みるに、吸血竜ドラゴンヴァンプの厄介なところは、八岐大蛇の首の中でも屈指の生命力だ。ああやって他者から血を吸い続ける限り、何度でも再生可能な上に、増殖すらも自在らしい。やるならば、一撃で全身を撃ち払い、核となった人間を確保するか殺害する必要がある』
桃太は歓喜の声をあげる三体もの吸血竜と必死で切り結びながら、ファフ兄の推測を聞いて、浅い息を吐いた。
「殺害は論外として、相手は二〇〇体近くですよ。今の俺は、〝生太刀・草薙〟を使えません」
『葉桜千隼に使ってしまったものね』
桃太は、一番初めに吸血竜ドラゴンヴァンプに取り込まれた七罪業夢の策謀によって、冒険者パーティ〝W・A〟と異世界クマ国の防諜部隊ヤタガラスが激突した際……、姉弟子である千隼を無力化するために、一回きりの切り札を用いていた。
「GAAAA!」
桃太は黄金色に輝く短剣で応戦するものの、まるでサッカーボールのように蹴り飛ばされ、追撃を受けた。
ドラゴンヴァンプは吸収した生徒達から学んだのか、ゲル状の血液を斧や杖、ドリルに変化させて襲いくる。
「くっそおお」
二〇〇倍の手数では、もはやリンチも同然だ。
それでも桃太は、ドラゴンヴァンプの海の中で必死に足掻いた。増殖した固体は動きは緩慢なものの、全員が影の使役術で装甲化されており、光の刃も通用しない。
「ファフ兄さんは、必殺技とか知りませんか?」
桃太が尋ねると、ファフ兄は困ったように言い淀んだ。
『そうだね。必殺技、ではないが、たとえばボクが乂君の代わりに桃太君の肉体を使えば、この場は解決できるだろう』
「そんな裏技があるんですか」
桃太は意気込んだものの、ファフ兄はなにやら煮え切らずに逡巡した上でこう告げた。
『桃太君、もしもキミが人間をやめる覚悟があるのなら、ボクは〝力半分〟ではなく〝本気で〟手を貸そう』
あとがき
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