第384話 鬼神具の呪い
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「カムロさんは、危険なはずの短剣を、なぜ乂に渡したんだろう……」
額に十字傷を刻まれた少年、出雲桃太が疑問をこぼすと、〝八岐大蛇、第五の首〟の化身である隠遁竜ファフニールことファフ兄は、何かを言いそうになった。
しかし、彼は赤い瞳を伏せて口元を手で抑え、乱れた金髪と原色派手派手なパーカーを翻してそっぽを向いた。
「それは、乂君の命を救う為だ。ボクも必要な処置だったと思っているが、詳しいことは、カムロから聞いてくれ。……ともあれ、紆余曲折あって、乂君は短剣の新しい主人となった」
ファフ兄は、桃太の知らないアニメ絵が印刷されたシャツに包まれた身体をネコのように丸め、浅く息を吐く。
「しかし、乂君の身体は〝鬼の力〟の悪影響を受けて、瞳はホオズキのように赤く輝き、黒かった髪も金色に染まった。おまけに、八岐大蛇に対抗する結界が張り巡らされたクマ国の外では、蛇の格好を強いられていたんだ」
桃太は、ファフ兄に指摘され――。
自身が勇者パーティ〝C・H・O〟を追放され、相棒の五馬乂や心を寄せる建速紗雨と初めて出会った時、二人が蛇とサメの姿だったことを思い出した。
「そうだった。乂も紗雨ちゃんも、最初は、クマ国の外じゃ人間になれなかったんだ」
「桃太君ももう気づいていると思う。
キミと出会った頃の乂君は、
殺されたお父上の五馬審さんや姉貴分の二河瑠衣さんの仇を討つために――、
そして地球に取り残された幼馴染の三縞凛音ちゃんを助け出すために――、
何度もクマ国を飛び出そうとしていた。
紗雨ちゃんも、そんな彼を引き戻すのに苦労していたから、二人とも相当なストレスだったと思うよ」
桃太が見るファフ兄の表情は、乂や紗雨に対する心配と慈しみに満ちていた。
直接顔を見せられずとも、彼は兄貴分として二人を見守っていたのだろう。
「短剣がもたらす〝蛇化の呪い〟をも打ち破る〝縁の力〟。すなわち〝巫の力〟を持つ、桃太君と出会えたのは、天佑だったのかも知れない」
桃太はかねてから注目していた単語を耳にしたことで、ファフ兄に向かって食い気味に身をのりだした。
「そうだ。ファフ兄さん、俺が使ってるらしい〝巫の力〟って何なんです。知っている人もいるんですが、『天然自然の力を借りてどうのこうの』とか、あやふやな説明ばかりで、よくわからないんです」
桃太が訊ねると、ファフ兄は一瞬言葉を失って、輪ゴムで束ねたボサボサの金髪をいじりながら、時間の止まった灰色の世界をぐるぐると歩き回り始めた。
「それもカムロに聞けと言いたいが、アイツも詳細は知らないだろうからなあ。桃太君が自覚した場合、どうなるか怖いけど、このピンチを乗り越える突破口になるか……」
やがて覚悟を決めたように、ファフ兄はゆるゆるの靴下をはいた足を一歩踏み出して、桃太と向かい合った。
「桃太君、今から話す事は、推測だぞ。ボクは〝巫の力〟とは、ボクたち八岐大蛇のような――外世界の侵略に対する、クマ国の自衛機能だと思っている。いくら〝鬼の力〟が危険だと言っても、攻撃してくる以上、全く触れないというわけにはいかない」
あとがき
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