第381話 短剣の中の部屋
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「ファフ兄さんは、外へ出ないんですか?」
「タハハ……。事情があって、短剣の中からは出られないんだよ。といっても、魔術で拡張すれば部屋ひとつ用意するのはわけもない。コンパクトだが、キッチン、浴室、トイレつきの愛用物件なんだ。桃太君もちょっと見てみるかい?」
額に十字傷を刻まれた少年、出雲桃太は、当代の〝八岐大蛇・第五の首〟を自称する金髪青年ファフニールこと、ファフ兄の登場で気が動転していたため、提案に流されて頷いてしまった。
「は、はい」
「じゃあご招待だ。少し散らかっているけど、勘弁してくれよ」
ファフ兄が片目をつぶり指をひとつ鳴らすと、桃太の眼前にある光景が灰色に染まった迷宮の谷から、コタツが真ん中に据え付けられた、およそ六畳ほどの清潔な部屋へと変わったではないか?
「び、びっくりした。ここがファフ兄さんの部屋か。散らかってるどころか、丁寧に整頓されているじゃないですか?」
桃太がキョロキョロと見回すと、薄いカーテンで仕切られた水栓シンクとコンロが完備された台所と、トイレと一体化したバスルームが隣接されているのが確認できた。
寝室兼リビングとなる六畳間には、積み重ねられた毛布や、消毒用アルコールにトイレットペーパーなど細々とした道具が入ったダンボールなどが目についたものの、彼の住む築五〇年の安アパート、〝ひので荘〟よりも綺麗で、思わず手をパチパチと叩いた。
「引きこもるなら、住む場所の環境に気を使わないとね。……なんちゃってっ。実は鬼術をちょっと応用すれば、お掃除ロボの真似事だってできるんだ」
ファフ兄が再び指をパチンと鳴らすと、部屋の隅に設置されたダンボールから、ハタキやモップ、ホウキやチリトリなどがふわふわと浮きあがり、掃除を始めたではないか。
「おおーっ、自動で動く掃除道具! クマ国で見たカムロさんの屋敷みたいだ」
「ボクは彼ほどには上手くやれないけど、いつかは追いつきたいものさ」
ファフ兄は桃太の反応を見て気をよくしたのか、輪ゴムで結んだボサボサの髪を白く細い指ですきながら口元を緩めた。
「他にも地球の機械っぽいものを作ったり、無料ワイファイを利用する機能も持たせているからね。携帯端末を片手に、動画サイトを視聴したり、小説投稿サイトを読んだりすることもできるんだよ。コタツに入って酒を飲み、お宝を愛でる。素晴らしいだろう? 天国は、空の上ではなく地上にこそある」
「俺もコタツ、好きですよ」
桃太が同意すると、ファフ兄は嬉しそうに身を乗り出したが、やがて肩をすくめた。
「そうだろそうだろ……って、気を使わなくていいよ。桃太君、キミは冒険したいんだろう。見ていればわかる。山があったら登りたいし、海があったら泳ぎたいし、女の子がいたら仲良くしたい」
ファフ兄に茶化されて、今度は桃太が冷や汗を流す番だった。
「い、いやあ。そんなこともないですよ」
「タハハ……。照れる必要はないさ。他者を積極的に受け入れるキミだからこそ、ボクも今回、アドバイスしようと姿を見せる覚悟ができたんだ」
桃太から見たファフ兄は、八岐大蛇の首を自称しながら極めて友好的だった。
だから、次の問いかけに返ってきた回答を、想像もしなかったのだ。
「じゃあ、ファフ兄さんは、これまでも俺達に力を授けてくれていたんですか?」
「いや、全然。むしろキミ達が短剣から〝鬼の力〟を引き出しすぎないよう、頑張って蛇口を絞ってた」
あとがき
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