第380話 大蛇の首、ファフ兄の過去と正体
380
額に十字傷を刻まれた少年、出雲桃太がじっとりとした瞳で問いかけると、短剣の中に潜んでいた中性的な青年、ファフ兄は無造作に輪ゴムで束ねたボサボサの金髪の下にある額から大粒の汗を流した。
「あーうん。ボクから見れば先代にあたる〝八岐大蛇、第五の首〟は、一〇〇〇年前に世界を滅ぼそうとしたよ」
「先代? どういうことですか?」
桃太が問いかけると、ファフ兄はよれよれになったズボンからポケットティッシュを取り出して、額から滲み出る冷や汗をふいた。
「ボクの先代にあたるファフニールは、色々こじらせていてね。どうにも世界が気に食わなくて、なにもかもを抱き潰そうとしたんだ。けれど、邪悪な野望は成就することなく、クマ国で初代スサノオと呼ばれている男に討たれた」
「そう言えば、乂もそんなことを言っていたなあ……」
桃太は、本来の持ち主である五馬乂が、今彼が握っている短剣に竜殺しの逸話があると紹介していたことを想起した。
「桃太君は、二河瑠衣の遺体から生まれたもう一人の彼女、セグンダのことを覚えているかい? ボクも彼女と似ていてね。初代スサノオが〝八岐大蛇、第五の首〟ファフニールを討った短剣に染み付いた血液と魔力のデータから、何百年もの時間をかけて再構成された二代目なんだよ」
桃太は、金髪青年ファフ兄が明かした素性にポカンと口を開けた。
「は、刃物についた血液からでも再生できるなんて、吸血竜ドラゴンヴァンプといい、八岐大蛇の首は、いったいぜんたいどうなっているんだ……」
「驚いたかい? ドラゴンは、スピリチュアルというか、概念的な存在だからね。人間とは生まれからしてだいぶ違うだろう。もっとも、個の力だけで生態ピラミッドの頂点に立つからこそ、他者を食い物としか見ないバカが暴れてしまうんだ」
新しい勇者と呼ばれる少年は、八岐大蛇の首らしくない青年のぼやきに迷いつつも、敢えて踏み込んだ事情を尋ねることにした。
「ファフ兄さんも、クマ国や地球で暴れたいとか思っているんですか?」
「まさかっ、心配いらない。これを言うと初代スサノオが口から泡を吹いて倒れそうだけど、ボクが誕生した血溜まりには、〝八岐大蛇・第五の首〟ファフニールだけじゃなくて、〝彼が流した血〟も混じっているし……。何より息子と親は別の存在だ。残虐非道の悪鬼だった先代と違って、二代目のボクは、ちょっと〝推し活動〟に集中しているだけのヒキコモリさ」
桃太はなるほどと頷きつつも、最後の台詞に首を傾げた。
「ファフ兄さんは、外へ出ないんですか?」
「タハハ……。事情があって、短剣の中からは出られないんだよ。といっても、魔術で拡張すれば部屋ひとつ用意するのはわけもない。コンパクトだが、キッチン、浴室、トイレつきの愛用物件なんだ。桃太君もちょっと見てみるかい?」
あとがき
お読みいただきありがとうございました。
二代目の八岐大蛇・第五の首ファフ兄は、漫画『ドラゴンボール』に出てくる〝複数人の遺伝子を掛け合わせた人造人間セル〟のような存在であり、〝スサノオと呼ばれた男の血〟が影響した結果、先代と異なる趣味嗜好を獲得しました。
応援や励ましのコメント、お星様など、お気軽にいただけると幸いです(⌒▽⌒)