第379話 謎の青年ファフ兄
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「ファフ兄、ファフニール? どこかの神話のドラゴンですか?」
「おや、冒険者育成学校の授業で習ったかい? 地球側があてはめたボクの役名は、北欧やドイツを荒らした悪竜らしいよ。だけど、ボクが大蛇の一柱だとよくわかったね。やっぱり強そうに見える?」
額に十字傷を刻まれた少年、出雲桃太は、時間の停止した灰色の結界の中で向き合った、赤い瞳を持つ金髪青年ファフニールに対し、ぶんぶんと首を横に振った。
ファフ兄は、筋肉トレーニングに余念のない乂に若干似ているものの、どちらかと言えばたおやかで中性的な風貌で、着る服さえ選べば女性でも通じるだろう。……が、重要なのはそこではない。
「すみません。ファフ兄さんは、あまり強いようには見えません」
桃太は丁寧に言葉を選んだ。
ファフ兄は物腰こそ柔らかで紳士的だったが、身につけた服装は、彼の相棒である五馬乂のアメリカン不良ファッションにも劣らぬ尖ったもの……。
ありていに言えば、一昔前のオタクを誇張したようなスタイルだったからだ。
「気取らないというか、親しみやすい、のかな?」
セットに時間がかかりそうな長い金髪は、半ばボサボサに爆発したものを無造作に束ねて輪ゴムで止められ――。
桃太の知らない漫画かアニメのキャラクターがプリントされたシャツを着て――。
鮮やかな原色で彩られ、金色と銀色で飾った派手派手なパーカーを羽織り――。
のびきったハーフパンツにゆるゆるの白ソックス、くたびれたスポーツシューズを穿き――。
巻いたポスターをツノのように差したリュックを背負う――。
あまりフォーマルとは言えない服装に身を包んでいた。
「え、そう? ボクは〝日々力半分、のんびりゆっくり生きてこう〟が人生目標、座右の銘なんだけど、隠しきれない鬼の首魁っぽい威厳が滲みでちゃったりした?」
「そうですね、ファフ兄さんは伊吹賈南さんに似ています」
桃太が正直に告白すると、勘違いオタクファッションに身を包んだファフ兄は、両目から滂沱の涙を流しながら、灰色に染まった異界迷宮の地面にヘナヘナと崩れおちた。
「そっちかよ! ボクをあの昆布女、獅子央賈南と同列扱いするのは、いくら何でも酷くない? 彼女の積極的にニンゲンを学ぼうとする姿勢は評価できるけどさ。愛情のない乱交パーティを開いたり、汚さを楽しむように政治闘争に参加したり、しまいには若返って学校に通ったり、どうにも迷走しているじゃないか?」
ファフ兄は地に膝をついたまま大仰に手をふって抗議するも、桃太は首を大きく横に振った。
「昔の獅子央賈南さんが、どういう生活を送っていたかは知りません。でも、俺が出会ってからの賈南さんは遥花先生の教えをよく聞いて、俺やクラスメイト達と仲良くやってました。命を救われたことも一度や二度じゃない」
「老婆心ながら忠告しておくよ。獅子央賈南、いや、伊吹賈南は、かつて彼女自身が桃太君に告げたように、八岐大蛇の側に立つエージェントだ。腹の中では、自分好みの世界を創るためこの世を滅ぼそう、なんて望んでいる危険人物だよ」
ファフ兄は、賈南と同じ八岐大蛇の首であり、彼のアドバイスは的を射ているのかも知れない。
それでも桃太は受け入れたくなかった。
「大蛇の首がすべて危険だというならば、貴方は違うんですか?」
桃太がじっとりとした瞳で問いかけると、乂の短剣に潜んでいた中世的な青年は、無造作に輪ゴムで束ねたボサボサの金髪の下にある額から大粒の汗を流した。
「あーうん。ボクから見れば先代にあたる八岐大蛇、第五の首は、一〇〇〇年前に世界を滅ぼそうとしたよ」
あとがき
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