第360話 手品の種
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「業夢さん、アナタと戦っていて疑問があった。こんなにもたくさんの影を操って、どうして力が尽きないのか……」
「なあ吸血鬼爺さん、オレ達との交戦に終始しているのに、ずっと同じ場所にいるよなあ。〝鬼神具・死を呼ぶ鐘〟の呪いを解いたサメ子を脅威と認めた時さえもそうだった。なぜ〝この場所〟に張り付いて、積極的に動き回らなかったんだ?」
額に十字傷を刻まれた少年、出雲桃太も、彼が被る仮面となった五馬乂も、三毛猫姿の三縞凛音も、〝啜血鬼公〟ナハツェーラーを自称する七罪業夢に対し、悪戯っぽく微笑んだ。
「そ、それは」
業夢は、先ほどまでカメレオンのように長い舌を振り回し、唾を飛ばしてくってかかったにも関わらず、ゴニョゴニョと言いよどんだ。
若返ったはずの彼の顔からは血の気が引いて、隠しきれない魂の老いが漏れだしている。
「相棒、七罪家に伝わる〝勇者の秘奥〟、〝影の使役術〟は強力だ。
隠匿性に長けて――、大量の武器を即時展開できて――、
なにより血液さえあればエネルギーを随時補給可能なのが、際立った長所だ。
後先考えないような大盤振る舞いが出来た理由があるとするならば、それは補給用ガソリンタンクならぬ、血液袋を準備していたからに決まってる!」
「ワタシの瞳は未来をも見通す。もう確信しているのよね。桃太君、やっちゃって」
「七罪業夢、視線を向けたなっ。啜血鬼公ナハツェーラーの強さを支える源は、ここか!」
桃太が風をまとった拳で地面を叩くとクレーター状の大穴が空いて、業夢が埋めていたのだろうスーツケースが開き、半分はすっからかんになり、もう半分はみっちりと詰まった、赤い輸血パックの束が飛び出した。
「乂とリンさんが見抜いた通りだ。足元に〝内部空間操作鞄〟を隠していたのか!」
輸血パックの数は、ゆうに一千を超えるだろう。
膨大な血液が空中にばら撒かれて、異界迷宮カクリヨの第九階層〝木の子の谷〟の一角が赤く染まるも、風に巻かれて消えてゆく。
「〝暴食の針〟だったか? オレ達と戦いながら、影の針で血を吸って回復していたんだろうぜ。たが、これで補給路は断った。手品の時間はおしまいだ。さあ相棒、決めに行こうぜ。観念しなっ、悪党!」
「黙れ若造どもっ。わしが愛した死体との、長年の研究と研鑽を、手品などという言葉で貶めるんじゃないっ」
業夢は再び影を操って大ばさみをつくり、桃太を真っ二つにしょうと試みる。
「乂、スイッチだ」
「任せろ、相棒!」
桃太の身体コントロールを借りた乂は、風をまとわせたラリアットで業夢が振るう影の鋏の根本を砕き……。
カメレオンの如く舌の長い若返った老人の腰を抱き抱え、自らの背を逸らすようにして後方へとぶん投げた。
「うおおおっ、プロレス最強っ!」
「ジャーマンスープレックスじゃとお!? そうかお前達は二人で一人!?」
あとがき
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