第355話 紗雨の頑張り
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「「合体術・熱風」」
髪を七三分けにまとめた研修生、羅生正之ら冒険者パーティ〝W・A〟の術士達と、前髪を伸ばした鴉天狗、葉桜千隼ら異世界クマ国の防諜部隊ヤタガラスの隊員達は、力を合わせてドライヤーのような熱風を引き起こし、異界迷宮カクリヨの第九階層〝木の子の谷〟を覆う、赤黒い霜を溶かした。
「おおっ。まだ頭は痛いが、気分がマシになった」
「体も重いが、動くぞ。霜に力を奪われないなら、あいつらとも戦える」
「ちいいっ、余計な真似をする。だがまだだっ」
「だが、業夢様の〝死を呼ぶ鐘〟が鳴っている以上、我らの勝利は変わりません」
一方、日本国に対しクーデターを引き起こし、異世界クマ国の乗っ取りを企むテロリスト団体〝K・A・N〟の団員達は落とし穴から力任せに飛び出したものの、生徒達の担当教師である矢上遥花が見出した攻略法は、〝吸血眷属〟による呪い霜を解くだけにとどまらない。
「次に呪いの音ですが、鈴や鐘は古来より呪術の道具として使われることもあります。〝死を呼ぶ鐘〟を止める方法があるとすれば、同じ手段だけでしょう。だから、紗雨ちゃん、笛の演奏をお願いします」
「真っ向勝負サメー! 負けないサメー!」
遥花に促され、修道服に似たサメの着ぐるみをかぶる銀髪碧眼の少女、建速紗雨は、内ポケットから龍笛と呼ばれる和笛を取り出して奏で始めた。
「ちいっ。なんだか知らんがやらせるものか。〝暴食の針〟よ、〝色欲の縄〟よ、あのサメ娘を此方に引き寄せろ」
〝K・A・N〟の首魁である七罪業夢は、長年冒険者として活躍した経験からか、それとも〝鬼の力〟に汚染されたことで直感が冴えたのか、白髪をかきむしり、カメレオンめいた長い舌を振り回しながら、紗雨に向かって影の針がついた縄を伸ばすが――。
「乂、リンちゃん。紗雨ちゃんを守るぞ」
「おうよ。プロレスは、殴ったり投げるばかりじゃないんだぜ。スピアー・タックルをみせてやる」
「ニャー(道はワタシが読むわ)」
額に十字傷を刻まれた少年、出雲桃太が右腕にまきつけた衝撃波の刃で影の武器を切り裂き、三毛猫に化けた少女、三縞凛音が安全な移動路を予測。
長身の金髪少年、五馬乂が低い姿勢で踏み込み、業夢に体当たりして干渉を防いだ。
「ゴハッ。おのれ邪魔をしおって。しかし笛ごときが役に立つものか!」
「ただの鈴ならいざ知らず、〝死を呼ぶ鐘〟は、絶大な力を秘めた〝鬼神具〟だぞっ。そんなか細い曲などかき消えてしまうだろう」
「サメーっ」
七罪業夢や、落とし穴から上ったばかりの彼の部下、吸血眷属達のヤジにも負けず、紗雨は祈るように願うように一心不乱に集中する。すると――。
「こ、これは、わしの鈴の音がサメ娘の演奏に取り込まれ、効果が裏返るだとおお」
「こ、こんなことがあり得るのかっ」
紗雨の魂の震えは鬼神具をも凌駕したのか、〝死を呼ぶ鐘〟の騒音めいた鈴の音を取り込み、アクセントとして利用することで曲を成立させたではないか。
「いやったああっ。元気が出たぞ。今度は俺たちが攻める番だ」
「胸からやる気が湧いてくる。反撃します!」
呪いの音と霜による精神と身体の不調が解除され、冒険者パーティ〝W・A〟と防諜部隊ヤタガラスは、紗雨の奏でるアップテンポな祭りの曲を背に反攻に転じる。
「紗雨ちゃんのために」
「紗雨姫のために」
紗雨の曲でテンションをあげた、焔学園二年一組の生徒たちと鴉天狗。
地球と異世界クマ国。生まれの違う二つの世界の住人の意思がひとつに重なった、歴史的な瞬間だった。
あとがき
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