第34話 イナバの里へ
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出雲桃太、建速紗雨、五馬乂、矢上遥花の四人は、昼に機関車で陸を走り船で海を越え、夜に旅籠で休みながら、いくつもの転移門をくぐり旅を続けた。
「そう言えば、この世界はクマ国って名前なのに熊を見かけないね?」
「桃太おにーさん。クマは〝隈〟って書くサメ。生命の女神様が、宇宙の隅っこにある、揺るがない世界を目指して名付けたサメエ」
「そうだったんだ!?」
「おんやまあ、旅人さんかい? ここから先は危ないよ」
時には、クマ国の住民にと止められることもあった。
しかし、大人達はサメの着ぐるみを被った少女の姿を見るや。
「誰かと思えば、紗雨ちゃんじゃないか。カムロ様のお使いだね、御苦労様」
とお土産に、おにぎりの包みや果汁の入った瓢箪、地図と包囲磁石、更にはクマ国の新聞らしき瓦版を差し出して、笑顔で送り出してくれた。
「いいのかなあ、こんなに貰って。俺たち、家出みたいなものなのに」
「ジイちゃんのことだから、きっともう根回し済みサメエ」
「こういうところ、ジジイは凄いと思う反面、クマ国は危なっかしいんだよなあ」
とはいえ、順調な旅もイナバ地方の入り口までだった。汽車は運行中止で、船も全便欠航。桃太ら四人は、徒歩移動を余儀なくされた。
そして旅立ちから一週間後。
西暦二〇X一年、一一月二五日朝。
「いやっはああ、この地方は、紅葉じゃなくて青い葉が舞っている。あっちは水晶みたいな花が咲いて、鞠のような実が鈴なりに生っている。絶景じゃないか!」
桃太はイナバの里へと続く、山道を歩きながら、地球では見られない光景に感動していた。
「遠くから見ると、稲穂のようだろ。あれはイナバの樹って言うんだ。ボールみたいな実は食べられない上に、果汁に触れるとかぶれるから注意しろよ。里はまだなのか?」
「うーん、コンパスの方角もあってるし、地図に書かれている見張り小屋って此処かな? もうすぐ着くはずだけど」
「桃太おにーさん。鉱石みたいな花は、じっくり焼くと食べられるサメ。お芋みたいでほくほくサメ。サメメ? なんか焦げ臭いサメ……」
桃太達が地図を覗きながらあれこれや話していると、不意に周囲の気配が変わった。
虫が鳴くのをやめ、鳥が一斉に羽ばたき、まだ昼間だというのに空が赤く染まり、黒々とした煙が陽射しを遮るように立ち昇る。
「相棒、サメ子。あそこの木と木の間だ、煙と火が見える。里が燃えている、いや灰色ツナギを着た不審者に火をつけられているぜ?」
「あの服は〝C・H・O〟っ。テロリスト認定されたといえ、仮にも勇者パーティがなんて真似を!?」
桃太達があまりの凶行に愕然としていると、山道の先から子供が「まま、ぱぱ」と親を求め、びいびいと泣き叫ぶ声が聞こえてきた。
それだけではない。聞いた覚えのある人声が風に乗って桃太の耳に届いた。
「ぜーはーぜー……、遠亜っち、アタシもう走れないよ」
「心紺ちゃん。山奥に行けば隠れる場所もある。諦めないでっ」
傷だらけになった灰色ツナギを着た少女が二人、兎耳と丸い尻尾の生えた幼子を一人ずつ抱いて逃げてくるではないか?
「桃太君、覚えている? あの二人は、研修生の柳心紺さんと、祖平遠亜さんだわっ」
遥花の叫びを聞いて、桃太は同期にそんな名前の少女達がいたことを思い出した。
(あの二人、リッキーと親しかったんだっけ?)
護符を縫い込んだ付け毛をつけ、モンスター素材由来のジェルネイルで飾るなど、やや派手な化粧をしたサイドポニーの娘が、柳心紺。
灰色ツナギの上に地味なスカーフを巻き、瓶底メガネをかけて薬鞄を背負った慎ましいショートボブの娘が、祖平遠亜だ。
「遠亜っち、見なよ。追放されたセンセーと劣等生がいるよ。生きていたんだ」
「ほ、本当だ。矢上先生、出雲君。こ、この子達を助けてください」
心紺と遠亜も、桃太達の存在に気づいたらしい。
右手で泣き叫ぶ幼子を抱きながら、左手をぶんぶん振っている。
「助けを求めているの? 柳さん、祖平さん。そこを動かないで、お姉さんがすぐに行きます」
助けを求められた遥花が走り出そうとするも、乂が彼女の腕を掴んで止めた。
「動くな! リボン女、オレは昔アンタに停戦だって騙されて、殺されかけた経験がある。あの二人にはまだ近づくな」
「サメエ。瓦版に行方不明って書かれてた子供を連れているから、誘拐犯かも知れないサメエ……」
「遥花先生、乂、紗雨ちゃん。ここは俺に任せて欲しい」
あとがき
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